2004年6月 8日

[ 怜美さんのお父さんの手記 ]

長崎県佐世保市の小6女児殺害事件で亡くなった御手洗怜美さんのお父さんの手記


 さっちゃん。今どこにいるんだ。母さんには、もう会えたかい。どこで遊んでいるんだい。

 さっちゃん。さとみ。思い出さなきゃ、泣かなきゃ、とすると、喉仏(のどぼとけ)が飛び出しそうになる。お腹(なか)の中で熱いボールがゴロゴロ回る。気がついたら歯をかみしめている。言葉がうまくしゃべれなくなる。何も考えられなくなる。

 もう嫌だ。母さんが死んだ後も、父さんはおかしくなったけれど。それ以上おかしくなるのか。

 あの日。さっちゃんを学校に送り出した時の言葉が最後だったね。洗濯物を洗濯機から取り出していた父さんの横を、風のように走っていった、さっちゃん。顔は見てないけど、確か、左手に給食当番が着る服を入れた白い袋を持っていたのは覚えている。

 「体操服は要らないのか」

 「イラナーイ」

 「忘れ物ないなー」

 「ナーイ」

 うちの、いつもの、朝のやりとりだったね。

 5人で、いろんな所に遊びに行ったね。東京ディズニーランドでのことは今でも忘れない。シンデレラ城に入ってすぐ、泣き出したから父さんと2人で先に外に出たよな。父さんは最後まで行きたかったのに。なんてね。

 でも、本当にさっちゃんは、すぐに友達ができたよな。これはもう、父さんにはできないこと。母さん譲りの才能だった。だから、だから、父さんは勝手に安心していた。いや、安心したかった。転校後のさっちゃんを見て。

 母さんがいなくなった寂しさで、何かの拍子に落ち込む父さんは、弱音を吐いてばかりだった。「ポジティブじゃなきゃ駄目よ、父さん」「くよくよしたって仕方ないじゃない」。何度言われたことか。

 それと、家事をしないことに爆発した。ひどい父さんだな。許してくれ。

 家の中には、さっちゃん愛用のマグカップ、ご飯とおつゆの茶碗(ちゃわん)、箸(はし)、他にもたくさん、ある。でも、さっちゃんはいない。

 ふと我に返ると、時間が過ぎている。俺(おれ)は今、一体何をしているんだ、としばらく考え込む。いつもなら今日の晩飯何にしようか、と考えているはずなのに、何もしていない。ニコニコしながら「今日の晩御飯(ばんごはん)なあに」と聞いてくるさっちゃんは、いない。

 なぜ「いない」のか。それが「分からない」。新聞やテレビのニュースに父さんや、さっちゃんの名前が出ている。それが、なぜ出ているのか、飲み込めない。

 頭が回らないっていうことは、こういうことなのか。さっちゃんがいないことを受け止められないってことは、こういうことなのか。これを書いている時は冷静なつもりだけど、書き終えたら元に戻るんだろうな、と思う。

 さっちゃん。ごめんな。もう家の事はしなくていいから。遊んでいいよ、遊んで。お菓子もアイスも、いっぱい食べていいから。


引用元 : Yahooニュース(読売新聞)


「これを読んで僕は涙が出そうになったよ。お父さんの気持ちがダイレクトに書かれていて、本当にせつなくなった。」

「これは多くの人に読んでもらいたい文章よね。」

特に亡くなった怜美さんと同年代の子がこれを読んで、人を殺すということ、また人が死ぬということがどういうことなのかについて考えてほしいと思うよ。

「1人の人間として怜美さんのご冥福をお祈りいたします。」

Posted by bakusui at 2004年6月 8日 21:25 | TrackBack