勇者の子



第1話

・・・ちょん・・・ちょん・・・ 
水の滴る音が聞こえる・・・
 はっきりとはしないけど、妙に寒い気がする・・・
 僕は辺りを見回したが真っ暗で何も見えない。
 どうやら洞窟の中に居るみたいだ・・・
 でも、どこの洞窟だろう・・・?
 僕の住んでいる村は平原にあるから、洞窟どころか山すらない。
 じゃあここはいったい・・・
そうしてここがどこなのか考えていると、何かのうなり声のようなものが聞こえた気がした。
 狼のようなそのうなり声はどんどんこちらに近づいてくる・・・
 うぅぅぅぅぅ・・・
 何の声なのかわからないが、とにかくここに居てはいけないような気がする。
 僕は声がする方向と逆の方向に向かって走り出した。
・・・いや、走っているつもりだった。
 妙に自分の動きが遅い。
 足がうまく動かない・・・
 まだ走り出したばかりなのに、すでに息切れがひどく、心臓がバクバクと激しく動いている。
 後ろからはなにかがどんどん近づいてきて、声がはっきり聞こえるようになった。
 この声は確か・・・
 そう思った瞬間、急に背中に重いものがのしかかり、僕は思いきり倒れこんだ。

 ど〜〜〜ん

 気がつくとお決まりのように僕はベッドから落ちていた。
「あいたたた・・・」
 僕ははっきりしない頭を振ってたちあがり、辺りを見回した。
 いつも勉強をする(ふりをしている)時に使っている僕の机。
 母さんに見つからないように遊びに行くときに使っている窓。
 そして、僕の憧れの勇者(兼父さん)の肖像画。
 まさしく僕の部屋である。
 はぁ〜、夢か〜・・・
 僕は安堵のため息をつき、寝癖のひどい頭をボリボリと掻いた。
 いやな夢みちゃったな・・・
 でも、夢にしては妙に現実感が・・・
 ぐぅぅ〜・・・
 僕の思考をさえぎるように、お腹が思いっきりなった。
 腹減ったな・・・
 腹が減ってはなんとやらともいうし、とりあえず腹ごしらえだ。
 悩むのはその後だな。
 僕は部屋を出て、母さんがいるであろうキッチンへ向かった。

「ふんふんふふ〜ん♪」
 予想通り母さんはキッチンにいた。
 機嫌よさそうに鼻歌を歌いながら朝ごはんを作っている。
「おはよ〜母さん」
「オハヨ〜♪もうすぐできるから待っててね〜」
 ・・・変だ。
 母さんのテンションが妙に高い。
 なんか嫌な予感がするぞ・・・
 僕は嫌な予感を感じながらも、あえて何も聞かずにテーブルについた。
 テーブルにはきれいな真っ白のクロスがしいてあり、いつもは飾ってあるはずもない花がのっていた。
 気持ち悪いなぁ・・・
 いつもと違うことばかりでなんか落ち着かない・・・
「ねぇ、母さん」
 僕は不自然さに耐え切れなくなって、母さんに聞くことにした。
「なぁに?」
 母さんは満面の笑みで僕の方に振り向いた。
 母さんが一番気持ち悪いよぅ・・・




次の人へのお題:『母さん』、『誕生日』、『旅』




第2話

 うう、母さんどうしたんだろ。
 今日ってなんかあったっけ?
 そう思い壁に貼り付けてあるカレンダーを見る。
 赤い丸のついた今日の日付。
 「あ、」
 そうか、今日は父さんがから帰ってくる日だ。
 それで母さんは嬉しそうにしてたんだ。。。

「今日はこんなに天気がいいんだからナーナちゃんとでも遊んでらっしゃい。」
「な、なんでナーナなんだよ!ギンカ達と遊んでるほうがよっぽど楽しいよ。」
「あらあら、まだ子供ねぇ。それにナーナちゃんは今に綺麗になっていい奥さんになるわよ。カジくんにとられても知らないんだから」
「・・・っ!もういいよ!行ってきます。」
「気をつけてねー。日暮れまでには帰ってくるのよー。」
 僕は母さんの声に応えずに家を飛び出した。一直線にギンカの家に向かう。
 ギンカって言うのは僕と同い年の友達で、村の子供達の中でも一番仲がイイ。
 今日は何をして遊ぼうなんて考えながら走っていると、角からでてきた女の子にぶつかりそうになった。
「きゃっ」
「あ、ごめん」
 白いTシャツに草色のズボンを身に着け、金色の髪をまっすぐに伸ばした、勝気そうな瞳が印象的な美少女。
「ナーナか。怪我はない?」
「うん、大丈夫。これからまたギンカのところに行くの?」
 そらきた。ナーナはいつも女の子のグループにいないでなんだかんだで一緒に来たがるのだ。でも僕はあまり嬉しくない。
「そうだよ。ナーナも一緒に来る?」
 後ろから僕の代わりに答えたのは、幼いけど生意気な声。こいつも来るのか、、、僕は四つ年下のカジもあまり歓迎していない。ナーナもそうだけど、女の子や年下の子が一緒だと危ないことができないので遊んでてもつまらないことがたまにある。だからこの二人にはあまり来て欲しくないのだ。
「え、いいの?」
 ナーナは僕の方を見る。彼女なりに僕の考えに気付いてるのかもしれない。
「うん、全然構わないよ。そうだろ?」
 カジが僕を真剣な眼でみつめる。こいつはナーナに来て欲しいのだ。だけどナーナは僕について来たがる。だから僕は母さんにからかわれたりするわけなんだけど。。。
「ああ、かまわないよ。」
っていって断らない辺り、僕にも原因があるのかもしれない。

「よ、ギンカ。おはよう」
「おはよう。なんだ、今日は遅いと思ったらお供を連れてるのか。」
「お供ってなんだ!お供って!」
 ギンカの言葉にカジが食って掛かる。
「それで?今日は何をするんだい?」
「そうだな・・・お前の親父さん、今日旅から帰ってくるんだろ?みんなで迎えに行かないか?」
「あ、それいいわね。勇者様のパーティを見るって事でしょ?行きましょ」
 てなことでみんなで村の入り口に向かった。
 みんなの前で父さんに会うんだ。なんだか誇らしい気持ちと恥ずかしい気持ちですごいドキドキしてきた。

「あ、見えたぞ」
 ギンカの指差す方向に四つの影。
 ・・・あれ?
 父さんいる勇者パーティーは五人だ。
 ・・・誰か抜けたのかな。
 そう思った僕は順番に確かめていった。
 一番右の大柄の男。「最強戦士」と言われるゴルペス。槍が得意なのに、苦手な剣の一振りで数匹の魔物を絶命させるほどの猛者だ。あんまり喋らないから怖く思われてるけど、実はとっても優しいんだ。
 その隣、白い長髪が印象的な女性。その髪を翼になぞらえて「天使のような」と形容されるほどの神聖魔法の使い手、リリス。性格は天使どころか自分本位でわがままなんだけど。
 次は黒い短髪の女性。魔術師ギルドに「最高賢者」称号を与えられたミロク。古代魔法まで使える程賢いくせに子供っぽいから不思議だ。
 最後は女みたいに綺麗な顔をした男。失われた魔法と剣技の複合技術の使い手「魔法剣士」サーガ。剣を突き立てた氷山が雪崩を起こしたのはあまりにも有名な話。嫌味と毒舌も天下一品なんだけど。
 ・・・え?
 僕は考えもしなかった可能性に気が付いた。
 ・・・父さんは?
「あれ?お前の父さんいないじゃん。」
 呆然とする僕の隣でカジがナーナに頭を叩かれている。
 僕は旅の恐ろしさというものは頭で理解していたけれど、その危険性までは考えておらず、ただ頭の中がぐるぐると回るだけだった。
「ナーナ、カジ。行こう。」
「えーなんでさー?」
「いいから。」
 ギンカが僕を気遣って一人にさせてくれる。カジもナーナに言われしぶしぶ移動する。
 勇者のいない、勇者パーティが僕の村の入り口にたどり着いた。
「君のお父さんから、これを渡してくれって。」
 そういってサーガが僕に差し出したのは刃渡り30センチ程の、小さな剣。
誕生日プレゼントだったそうだ。」
 僕の誕生日はもう一ヶ月も前のことだ。なのに、いまさら。。。
 何故か分からないけど、涙が出てきた。
「これを預かってきた。」
 いつも口数の少ないゴルペスが僕に剣を渡した。
 何度頼んでも、危険だからって触らしてくれなかった、勇者の剣。その重みが父さんのすごさを実感させる。
「街を守るため、上位ドラゴンのブレスを単身防ぎきって。立派な最期でした。私の防御魔法がもう少し強ければ。。。」
 途中から涙声になるミロク。最高賢者のミロクでさえ防げなかった上位ドラゴンのブレスを、ただの剣士が防ぎきれるわけがない。最期に伝説なんか作ってどうするんだよっ。
「あたしの回復魔法が間に合わなかったのは初めてだよ。あんなにまでなって剣を構えてられたなんて、未だに信じらんないヨ。」
 そうだよ、死んだら何も意味がないじゃないかっ。母さんになんて言うつもりなんだよっ!
 畜生っ!畜生畜生畜生っ!
「うわあああぁぁぁぁぁぁ」
 僕は小さな剣と、勇者の剣を胸に抱き、
 大声で泣いた。




次の人へのお題:『試練』、『危険』、『決意』




第3話

六年の月日を数え、暦の上では秋を迎えた。
この長い歳月は身の回りの物事を確実に変化させた。
自分はすでに『子供』という扱いを受けることは無くなり、それなりの意見を通すことは出来るようなった。
成長するごとに周囲の人たちから信頼を得ていき、仕事も任されるようになった。
まだ大人ではない、しかし少しずつ大人へと歩んでいるのだ。
変化したのは当然のように自分だけではない。
昔無かったものがあったり、あったものが無くなったりと、環境の変化は大きい。
最近のことで、村の周囲の平原に一本の道が出来たことがある。
これは大きな街同士を結ぶ道らしく、商業的には重要になるらしい。
今、村の住人が、少なくなっている。
ここは小さな村であるため、施設的なものが少なく、生活に不便な点が生じている。
便利なものは知らなければ、無くとも不便と感じることはない。
だが、誰もが年がら年中村にいるわけではない。
何かの理由で遠出をし、街へと行ったときに、その便利さを知っている。
街から村へと戻ってきたとき、今までは普通と感じていたことが、急に不便となってしまう。
また、他人の話からその便利さを過剰に想像してしまうこともある。
どちらにせよ、大きく発展しなければ、過疎化はさらに加速してしまうだろう。
この道が大きく発展するきっかけとなってくれればいいと思う。
村のことについて考えるということは、僕なりにここを好きだと言う証だと思う。
ここで生まれ育ってきたのだ。愛着が湧かないはずがない。
だが、僕はいつまでもここへ居たいとは思っていない。
友人がそうであったように、自分も一度外の世界を見ておきたい。
顔を上げると、視界に真っ赤に染まった一枚の葉が空から舞い落ちてきた。
今年最初の紅葉が、彼の心を決めた。


村の景色を目に焼き付けた僕は家へと帰った。
玄関の扉を開けると、中から話し声が聞こえた。
誰か来ているのかなと一瞬思うが、すぐに誰かは分かった。
昔、父さんと一緒に旅に出ていた戦士ゴルペスだ。
彼はあの日帰ってきた後、この村にずっと留まっている。
どうして旅に出ないのかと訊いても、あんまり詳しくは教えてくれなかった。
もう一人の旅の仲間、ミロクは住んではいないが、よくここへ遊びに来ている。
父さんが死んだと聞かされた日から、また違った家族を持ったのだ。

「ただいま。ゴルペスさん、こんばんは。」
「あら、お帰りなさい。」

テーブルの上に、所狭しとカードが並べられていた。

「何やってるの?」
「もう、見たら分かるでしょ。神経衰弱に決まってるじゃない。」

子供のように言い放つ母。今年でピー歳になるとは思えない。
一生懸命テーブルを見つめてはショックを受ける姿は怖い。
そして決着は着いた。27対0でゴルペスの圧勝。
母さんは大きな溜息をついたあと、真剣な眼差しで僕を見た。

「いい、お母さんは決意したの。今度は絶対に1組は取る!!」
「えっ、取ったことのないの!?」
「ええ……。」
「……それって何かが凄い気がするよ。」

溜息交じりで答える。
本気でやって、一組も取れないのはある意味芸術的だ。
しかも、ゴルペスはあまりゲームには興味なんかないらしく、神経を衰弱するほど集中していないだろう。

「ゴルペスさんから一組とること……それが私への試練なの!!」

だんだんと母さんのテンションが上がってきた。これは危険だ。
何が危険かと言うと、このまま神経衰弱を続けていれば、夕食がお粗末なものになってしまうのだ。
僕が決心した手前、これはどうしても避けたかった。

「そんなことより母さん、明日ここを出ることにする。」

突然の僕の言葉に、目を丸くした。ゴルペスに反応はない。

「出るって……何を?」
「………………明日、僕も旅に出ることにしたんだ。」

一瞬、母さんの顔が暗くなるのを見た。
だけど、すぐにまた明るいに表情を出した。

「じゃ……じゃあ、明日からお弁当作らなくていいんだ。」
「うん、でも明日は作ってよ。」
「え〜」

決めていたんだ。母さんがどんな反応をしても、普段どおりの態度でいるって。
母さんも多分、覚悟はしてたんだろうと思う。
最近、僕がよく村を眺めている姿を見ていたのを知ってたと思う。
父さんが旅に行ったあと、大声で泣いていたのを僕は覚えている。
心配かけさせないようにしてるのは分かってるんだ。
でも、母さんが人一倍寂しがりやなのは知ってるんだ。
だから、今も声が少し震えてるんだ。

「……お土産、何がいいかな?」
「いつ帰ってくるの?」
「多分、2年か3年くらい。」
「そう……長い旅じゃないのね。」
「ゆっくり自分のしたいことを考えるのはそれくらいがいいかなって。」

僕が笑って言うと、母さんも微笑んだ。
そして何か思い出したのか、ポンっと手を合わせると、早足で別の部屋へと向かった。

「本当は、父さんのしたかったことが何かを知りたいんだ。」

僕は無言のままでいたゴルペスに言った。

「父さんは人のために戦い、最期まで人を庇ってたんだろ?」

ゴルペスはゆっくりと頷いた。

「どうしてそこまでして人を守るんだろう、どうして自分の命を投げてまで人を守るんだろう。
 誰の命も天秤にかけられないんだ。父さんだって死ぬのは怖かったはずなんだ。
 それなのに、どうしてそこまでしたのかが分からないんだ。」

「………………」

ゴルペスに反応は、無い。
だけど、僕の悩みを打ち明けられるのはゴルペスが一番適任なんだ。
僕はまた続けようと……ゴルペスは不意に立ち上がった。

「あいつも、それを探していた。」
「えっ……」
「人は伝える生き物だ。あいつはもうお前にそれを伝えている。」
「それって……」
「あいつの伝えたものを、また誰かに伝えてやってくれ。」

それだけを言うと、ゴルペスは僕の肩を軽く叩き、去っていった。
残された僕は、ゴルペスの言った言葉を反芻していた。
父さんはすでにこの疑問の答えを僕に伝えている。
だが、父さんが僕と最後に話したのはそれこそずっと昔、子供のときだ。
そのころに、僕がこの疑問を持っていたはずもなく、父さんが言っていた記憶もない。
じゃあ……一体なんだろう。
お茶を飲もうとコップを手に取ったとき、母さんが戻ってきた。

「あれ、ゴルペスさんは?」
「ん、ちょっと用が出来たって帰ったみたい。」
「そう……それより、はいこれ。」

母さんが出したものは、一冊の本だった。それもちょっと古い。

「これ、ずっと昔にギンカ君が欲しがってたものなの。旅の途中に渡しておいてくれる?」
「ギンカか……そういえば、ずっと手紙だけだったもんな。」

ギンカはこの村を出て、街へと移り住んだ。
仲間内でも、一番この村のことを好きだったあいつがここを去っていくとは思わなかった。
……訂正。去っていったのではなく、出掛けていっただけだった。
ギンカは言った。

『俺はこの村のために出て行く。そして、この村のためにまた戻ってくる。』

この言葉が、僕の心にどれだけ大きく響いたことだろうか。
僕が旅に出る決意をしたのはこの時だった。
ギンカが街へと行った後はずっと手紙だけの遣り取りだった。
学業に専念しているとかで、この村へ来る余裕がないらしい。

「分かった。久しぶりに会ってくるよ。」
「そうしなさい。じゃあ、お母さんは腕によりをかけてご飯を作りま〜す。」


朝、準備は整え終わり、心臓の音が鳴り止まない。
ただ家を出るだけだというのに、この様子だと、長いこと続きそうに無いかもしれない。
不安があるのは当たり前だが、やはり落ち着かない。こんな不安は早く取り除くに限る。

「ちょっと早いけど、もう出発するよ。」
「お弁当はちゃんと持った?」
「持ってるよ。」
「忘れ物は無い?」
「うっ……あるかも。」
「じゃあ安心ね。いってらっしゃい。」
「……じゃあ、いってきます。」
「いってらっしゃい。」

簡単な別れだった。
この先、どんな危険なことが起こるかは分からない。
それをこんな簡単にすませていいのだろうかと思ってしまう。
だけど、簡単に済ますのは、僕なりに不安を取り除くため。
決意を鈍らないようっていうのもあるけど、そんな弱い決意なんて、決意のうちに入らない。
しばらくみんなと会えなくなるけど、それもまた慣れるだろう。
こうして、僕の一人旅が始まった。

数歩進んでのこと。

「あ、おそ〜い。」

声の発信源を見てみると、そこには長い金色の髪を手でいじっていた女性がいた。
小さなラピスラズリで装飾された魔術師用の手袋を着けた左手で、こっちを指差した。

「ナーナ、こんな朝早くにどうしたんだ?」

数年前に持っていた勝気の瞳は今も健在だ。
だが、どうしてなのか、性格がどうもまだ幼さを持っている。
ぷくっと頬を膨らませ、文句言いたげだ。
理由は多分、ミロクのせいだ。
同じ魔術師とあってか、二人はよく会話をすることが多かった。
子供っぽさがあるミロクに、影響されてしまったのだ。
それもこれも、ミロクが可愛いから出来る芸当なのであろう。
可愛いものを見ると、どうしても守りたくなるのが普通で、自分が可愛くなろうとは思わない。
それを他人に思わせるのだから、怖いものだ。
母さんがそういう時期があったのを覚えている。

「だから、ずっと待ってたんだよ?」
「誰を?」

じっとナーナが見てくる。
ああ、そうか、後ろにいるカジだな。
二人でこんな朝早くに一体何をするつもりなんだろう……

!?

「ええっ!? なんでそんなに二人とも準備完璧なんだ?」
「よっ、アニキ。じゃあ出発しようか。」
「そうだね〜。まずはギンカ君のところに行くんだよね。」

能天気なカジとミロクに影響されたナーナが言う。
二人とも、どう見ても僕と同じように旅の準備をしている。
おまけに、いつでも誰とでも戦闘できるように、装備もバッチリだ。

「アニキ、さっさと行かないと明日になっちまうぜ!」
「ギンカ君、どうしてるか楽しみだね。」

ナーナとカジが仲間になった。
なぜか心に不安が過ぎった。




次の人へのお題:『好意』、『行為』、『厚意』




第4話

「じゃあ、そろそろお昼にしましょうか。」
『ポイ捨て等の行為は固く禁止いたします。』
 ナーナが言い出したのは、そんな立て看板がある川のほとりにさしかかったときだった。
「さんせ〜い。」
 一も二もなく賛成するカジ。
「………………」
「ほら、早く、早く。」
 既に敷物を敷き終えたナーナが手招きする。
 そして、カジは既に弁当を食べ始めていた。
 しぶしぶ僕も座りこみ、母さんの作ってくれた弁当をひろげた。
 うまい……
 やっぱり母さんの作ってくれた弁当はうまいな。
 このたこちゃんウインナーなんて最高……って……
「ちが〜う!!」
 僕はご飯粒をとばしながら立ち上がった。
「どうしたのよ、急に大声だしちゃって。」
「アニキ、行儀が悪いぜ。」
「なんなんだ、この和気藹々とした雰囲気は〜!!」
「仲良しなのはいいことじゃない。」
「緊迫感がなさすぎるんだよ!!」
「そりゃ、仕方ないぜ、アニキ。街道沿いに歩いてりゃ、別に何が起こるわけでもないし。」
「うっ……」
 4つも年下のカジに返す言葉がなくなった僕は、さっさと荷物をまとめ、歩き出した。
「ちょ、ちょっと待ってよ〜。」
「アニキ〜そっちは森の中だぜ〜!!」
 ああ、そうさ。
 僕はピクニックに来ているわけではない。
 街道沿いに歩いていれば、苦もなくギンカのいる街まで辿り着けるだろう。
 しかし、それでは旅の意味が半減する。
 苦難を乗り越えてこそ人間は成長するのだ。
 それに、そうすれば、カジとナーナもついてくるのを諦めて帰るんじゃないか。
 たぶんあいつら、親に何も言ってこなかったはずだ。
 カジはまだ子供だから、親が許すはずがない。
 ナーナの両親は、ナーナがミロクのところへ遊びに行くことさえ快く思っていない。
 だとすれば、娘が危険な旅に出ることを許すとは思えない。
 これで帰ってくれればちょうどいい。
 もともと一人旅の予定だったのだ。


「待ってよ〜。」
「アニキ〜。」
 森の中をしばらく歩いたが、まだ後ろで声がする。
 僕はかなり早めに歩いているつもりだが、ナーナたちは僕の踏み固めた道を歩いてくる。
 そのせいで振り切ることができない。
――しかたない。ちょっときついけど、スピードをあげるか……
 僕がそう思った時……
「キャー!!」
「うわっ!!」
 後ろで悲鳴が聞こえた。
「ナーナ!!カジ!!」
 僕は今来た道を大急ぎで引き返した。


 滑ったような跡を見つけると同時に、少し下ったところにナーナとカジが倒れているのが見えた。
 僕が近寄り、声をかけるとナーナはすぐに目を覚ました。
「大丈夫。」
 どうやらかすり傷程度で済んだらしい。
 しかし、カジは……
「カジっ!!」
 頭から血が流れ、右足首が異常に腫れていた。
 バカだった。
 こいつらがそう簡単に引き返すはずがない。
 森の中で二人にしたら危険だってことくらい、容易に想像がつく。
 遊びじゃないと理解しているつもりだったのに……
 僕は自分を責めた。


「ナーナ、カジを連れて村へ戻ってくれ……」
「イヤ……」
「え?」
 意外な答えが返ってきたので、僕は驚いた。
「ルークは旅を続ける気なんでしょ?だったらあたしも村には帰らない。」
「いや、だけど……」
 ナーナは怪我人をほうっておくような娘ではない。
「確かにカジくんのことは心配……だけど、それよりルークの方が心配なの!!」
「え?」
 僕は驚きを隠せなかった。
「お父さんが帰ってこなかったとき、ルーク、泣いてたよね。あたし、声がかけられなかった……でも、ルークはいつかきっと旅に出る、そんな気がした。だから、あたし、ミロクに魔術を教わったの。ただ待ってるだけはイヤだったから。もしルークが帰ってこなかったらって思うだけで、あたし、あたし……」
 ナーナは一度声を詰まらせたが、まっすぐに僕を見つめて言った。
「だから、あたし、絶対帰らない!!」
「ナーナ……」
 ナーナの目には涙が溢れていた。
 以前からナーナが自分に好意を抱いていることはわかっていた。
 でも、これほどまでに想ってくれていたなんて……
 あの時、旅の恐ろしさを知ったのは……大切な人が帰ってこない悲しさを知ったのは、僕だけじゃなかったんだ……


「……アニキ……」
「カジ?気がついたのか?」
「オレ、1人で帰るよ……」
「だって、おまえ、足が……」
「街道まで連れてってくれれば、誰かが村まで運んでくれるだろ。」
「でも……」
 カジは生意気にも僕の胸倉をつかんで言った。
「ナーナを悲しませるようなことをしたら、オレが絶対許さない!!」
「カジ……」
「カジくん……」


 通りすがりの商人の厚意により、カジは荷馬車に乗せてもらえることになった。
 その荷馬車を見送りながら僕は思った。
 自分よりもカジの方が、心は大人なのかもしれないと。
 荷馬車が見えなくなり、ふと隣を見るとナーナと目があった。
「あ、と……そ、そろそろ行こうか。」
 どこか照れくさくて、僕は目をそらしながら言った。
「うん!!」
 そんな僕の気持ちを知ってか、知らずか、ナーナは僕の腕をとって、寄り添うような格好をした。
「だ、だから、ピクニックじゃ……」
 言いかけてやめた。
 ナーナの顔は擦り傷だらけだったが、とても綺麗に見えた。
 ま、まあ、いいか。
 向こうから人がくるまでは……




次の人へのお題:『ギンカ』、『リリス』、『楽』




第5話

 街道沿いに歩いていくと、なにやら文字の刻まれた壁が見えてきた。
 ギンカのいる街はこの大きな壁に囲まれているのである。
 聞くところによると、この壁には魔法文字が刻まれていて、この壁自体が結界になっているらしい。
 なぜこの壁を作ったかというと、モンスターの大群に襲われたからとか巨大な岩が空から降ってきたことがあるからだとか様々な噂がたっている。
 しかし、この壁に関する書物等は残っていないらしく、実際のところはよくわからない。
 とにかく、この壁がある限りこの街は安全ということだ。

「ギンカは元気かな?」
「そうねぇ、手紙ではしく過ごしてるようなこと書いてあったけど」
「まぁ、会ってみればわかるさ。早く行こう」
 僕たちは急いで街に向かった。

「あれ何かしら?」
 ナーナは壁の方向を指差した。
 その方向を見ると、そこには長蛇の列ができている。
 ざっと50人は居るであろうその列から、なにやら不機嫌オーラのようなものが感じられる。
「何だろう・・・。聞いてみようか?」
 ナーナは黙って頷き、僕の後からついてきた。
 列の最後尾に居るのは髪の長い女の人だった。
 流れるようなきれいな髪は真っ白で、まるで天使の翼のような・・・
 ん?
 天使の翼のような・・・?
 白い・・・髪・・・?
 何か頭の中にひっかかる。
「ねぇ・・・」
 僕が少し悩んでいると、後ろに居たナーナが話し掛けてきた。
「どうしたの?」
「なんかあの人の髪に見覚えがあるような気がして・・・」
「そんなことはいいから早く聞きましょうよ」
 そう言ってナーナは白髪の女性に近づいていった。

「すいません?ちょっとお聞きしていいですか?」
「・・・なに?」
 ちょっと不機嫌そうな声を出して、彼女は振り返った。
 肩にかかったきれいな白髪。
 整った顔立ち。
 それにも関わらずあからさまに不機嫌さを表現した顔・・・。
 やっぱり見覚えが・・・。
 あ!!
「もしかしてリリス!?」
 ゴン!
「さん付けしろ!クソガキ!」
 そうだった・・・。
 リリスはタメ口が嫌いなんだった・・・。
 思いっきり殴られたようで、頭がヒリヒリする。
 痛い・・・。
「だいたいあんた誰よ?」
 どうやら覚えられてもいないらしい。
 はぁ・・・。
「僕ですよ。僕。」
 痛む頭をおさえながら、涙目で彼女を見上げた。
「ん?あら?あんたルーク?ナーナも。はぁ〜、久しぶりじゃない。元気してた?」
「はい。リリスさんもお元気そうで何よりです」

 僕たちは軽い身の上話をした後に本題に入った。
「それで、この列は何なのです?」
「あぁ、これね。これは検問待ちの列よ」
「検問?」
 僕はナーナと顔を見合わせ、同時に首を傾げた。
 初耳である。
 そんな話は聞いていない。
「検問さ。つい最近街なかで事件が起きてね。犯人を捕まえるために検問を張ってるのさ」
「へぇ〜」
 ナーナは興味深そうに聞いている。
「で、その事件ってどんな事件なの?」
 ギロッ!
 リリスの威圧的な視線がナーナを貫く。
 ナーナは蛇に睨まれた蛙状態に陥った。
「どんな事件だったのですか?」
 僕は出来る限り丁寧に聞いてみた。
「まぁ、それは今は言うことは出来ないわ」
 少し気にはなったが、聞き返すのはやめることにした。
 リリスの目が聞くなと言っている。
 はぁとリリスは軽いため息をついた。
「そういえばあんた達通行証はもってんの?」
「え・・・?」
 再び僕たちは顔を見合わせた。
「その様子じゃ持ってないわね。通行証がないと街に入れないわよ?」
「嘘!!?マ・・・本当ですか!?」
 危なくマジかよとか言いそうになった。
「本当よ。通行証がないと検問のところで追い返されるわよ」
 旅の始めとしてギンカに会いに来たのに・・・。

 前途多難な幕開けとなってしまった・・・。




次の人へのお題:『剣』、『検問』、『突破』




第6話

「それにしても・・・」
 リリスは僕ら二人を交互に見て、ニヤリと微笑んだ。
「二人っきりで何してるのかしら?」
「うん。僕さ、旅にでることにしました。その最初の目的地がここ。ギンカに会いにきました。」
 隣で顔を真っ赤にしたナーナは大きく肩を落としていたけど、リリスには本当のことを話した。
 リリスも、父さんの最期を知ってる人だから。
「そうか、あんたももうそんな歳になったんだね。ゴルペスやミロクは元気してる?」
 その言葉にナーナも一緒に頷く。
「ナーナのそれ、ミロクの?使えるの?」
 リリスはナーナが手に持ってた杖を指差して聞く。
「ええ、『最高賢者』直伝ですから。並みの賢者ぐらいには。」
 自信満々に答えるナーナに僕は驚いた。
 ミロクに教わってるくらいだからかなり使えるだろうとはおもっていたけど、賢者レベルだなんて思ってもみなかった。
 前にミロクが話していたけど、賢者って言うのは、四元素属性下位中位上位の各魔法のうち、異なる属性の上位魔法を二つ以上同時に展開できる魔術師のことを言うらしい。
 ちなみに、大陸全体でも100人に満たないそうだ。
「へぇ〜それはすごいわね。ルークあんたは?」
 リリスが僕の腰の辺りをみていう。
 僕が帯していたのは長年使い込んだ刀身の短い、父さんのくれた小さな剣。勇者の剣を佩く資格はまだないと思ったから。
「村の森なら目をつぶってても。」
 その言葉にリリスは満足げに笑う。
「上等上等。じゃ、検問突破しようか。」
「え?」
 僕とナーナは驚いて声をそろえた。
「だって切り込める奴いるでしょ?」
 リリスはそういって僕を指差す。
「援軍を吹き飛ばせるやつ」
 ナーナに視線を移す。
「そんでお偉いさんを説得できるすごい人もいるでしょ?」
 自分を指差して笑う。
「なんたって元勇者パーティの『天使』リリス様だからね。それなりのところにまで話が通れば簡単よ。」
 か、変わってない・・・
「じゃ、じゃあわざわざ突破しなくてもリリスさんが話したらいいんじゃないですか?」
 ナーナがリリスに常識を説くけど、わかっちゃいない。リリスがこんな検問におとなしく付き合う理由なんて無いもの。それに・・・
「じゃあ、ナーナちゃんはこの街の門番風情が『天使』の顔を知っているぐらいとても優秀か、通る人間の話を上の方にまで律儀に伝える無能かの、どっちかだって言うのね?」
 そう、検問をするほど警戒してる街がふらりとやってきた女の話をわざわざ警備責任者辺りにまで話を通すなんておもえない。
「わかった?」
 ナーナがリリスに丸め込まれて不承不承頷く。
「じゃ、行くわよ♪」
 楽しそうに門に向かって颯爽と歩き出したリリスは懐かしい声を聞いた。
「古の剣の魔術よ。太古の世界より授かりし魔導の剣に、大崩壊の刃を与えたまえ。」
 女みたいにきれいな顔をした剣士が、堅牢で強大な魔法文字の刻まれた街の壁に向かって剣を構え、振りかぶっていた。目に見えるほどの魔力が宿ったその剣からは青いオーラが立ち上っている。
「サーガ!!」
 リリスがひときわ大きな声でその剣士を呼び止めたせいか、剣士はびくりと震え、剣を下ろしてしまった。もう魔法の迫力は感じられない。
 剣士はおろおろとあたりを見回し、こちらに気付いた。
「あなた方は・・・サーガ様をご存知ですか?」




次の人へのお題:『記憶』、『仲間』、『旅』




第7話

「……はあ?」

僕とナーナとリリス、全員が揃えて言った。
全員が全員とも、一体何を言っているのだろう、と言った感じだった。
この三人の態度を見た美男子はと言うと……おどおどし始めた。
それはそうだろう。見ず知らずの人とは言え、丁寧に訊いたつもりが、こんな応え方をされたのだから。
しかし、僕らがこう言ってしまったのは無理は無いのである。

「えっと……もう一度言ってくれませんか?」

もしかしたら僕らの聞き間違いかもしれないし、目の前の男剣士の言い間違えかもしれない。
だが、彼が再びしてきた質問は、同じであった。

「その……ですね。サーガ様とお知り合いの方々なのですか?」
「……はあ?」

今度はリリスだけだ。
だが、リリスだけでも彼に十分圧力をかけていることは明白だ。
……何だかすごく悪いことをしていような感じになった。
目の前で物凄くおどおどしているのだから。
でも……こういう場合、どう言えば一番いいのだろう?

「サーガ、つまんない冗談言って楽しい?」

リリスが軽蔑の視線で呆れ声で言った。
ああ……リリス、もうちょっと優しく言おうよ。
目の前の男性は……なんだか楽しいくらいに困っている。
せっかく綺麗な顔をしているのに、それが仇となって、とてもなさけない。
しかも、僕が知る限りの彼は、このような表情は一切出さない人である。
常に冷静かつ客観的な判断をし、確実なことしかしない人物。
時には機械のように冷酷になり、時には頼れる存在となる。
僕が知っているサーガという人物は、簡単に言えばこのような人である。

……………………………………………………

……………………………………………………

僕の目の前にいる人物は誰なのでしょうか?
意味も無く不安がったり、困ったり、慌てたりと、表情がころころと変わり続ける。
絶えず落ち着かず、会話中にもかかわらず、足踏みが止まらない。
手で頭を掻いたり合わせたり、指で何かを捏ねている様な動作をしたりする。
ああ、何てこの人は……

「目障り!!」

バコーンとリリスの左ストレートが頬に当たり、青年もといサーガは真横に吹っ飛んだ。
口より先に手が出るなんて、さすがリリスだ。

「リリス、流石だね!」
「呼び捨てすんな餓鬼!!」

ドカーンとリリスの本命である右アッパーが、顎を猛獣の如く突き上げ、僕の体を宙に浮かせた。
それは頭部が放物線を描くほど綺麗な飛び方だった。
人間を浮き上がらせるということは、体重以上の力が顎という一点に収束したことになる。
顎は物を噛み砕いたりするために普段使う部分であり、顎自体は強靭である。
しかし、あまりにも強靭すぎるがために、硬い。
物体というものは基本的に、硬ければ力を受けてもその衝撃を吸収することが出来ない。
生物の頭と言うのは、内臓に無意識に指令する部分。つまり、生物にとって最重要の場所だ。
その指令部に衝撃が直接伝われば、一時的に指令が麻痺……下手をすれば完全に指令が発せられることはなくなる。
殴られた部分が頬であれば良かった。
頬には筋肉や脂肪が多く、衝撃を吸収しやすい部分であるからだ。
殴られた方向が真横からであれば良かった。
真横から殴られれば、その衝撃は柔らかな背骨やその周囲で吸収されたからだ。
だが……よりにもよって顎を真下から真上への強い衝撃。
衝撃は、人間の最重要器官へと直接的に伝わる。
そのあまりの衝撃は、何の防御反応もしていなければ相手を確実に気絶させれるということだ。
そして、リリスのアッパーに対し、「はえっ?」という反応しか出来なかった僕は、当然のごとく意識が吹っ飛んだ。
旅に出てまだ数時間しか経っていないのに、僕は致命打を受けてしまった。
そういえば昨日、あんまり眠れなかったな……。


そこはあまりにも静かだった。場所は街の中であることは間違いない。
民家や店が立ち並び、普段ならば賑わいを見せているはずの大通り。
平和を象徴する緑と水で満たされた公園は美しいはずだった。
だが、違う。
物音一つない街は廃墟と同じように、不気味であった。
そこに美しいという概念は抹消され、ただ物質としての存在でしかない。
綺麗なものほどそれが逆に違和感を出し、狂わせる。
この静けさはすぐにでも訪れる鋼の響きを受け取るための静けさだ。
周囲の空間を満たすものは極度の殺気。
ただ相手の命を奪うためのだけの心情は、この空間の中では最も安心できるものだ。
その殺気は対立する一方の青年だけからしか出ていない。
青年の名はサーガ=グランツェ。
顔立ちは美しく、おおよそ二十代前半と言ったところか。
黒や紺と言った色の衣服を纏っているが、盾や胸当ては身につけてはいない。
一本の剣を携えるだけの簡単な装備である。
それは防具という重荷を捨て、相手の攻撃を全て避けることのみを重視している。
青年は鞘から抜いた剣を構えた。同時に殺伐とした紫が白い刃を染める。
特殊な剣に魔力を流し込むことで完成する魔法剣の中でも最高の剣技である。
"紫苑の炎"と呼ばれ、刀身に触れたものを即座に融解、蒸発させる。
彼の得意とする亡術の中でも禁術に近い特性を持つものである。
この殺気を出すほどなのだ。純粋に抹消だけを目的とした剣技を使うのは当然である。
剣の矛先を目の前の相手に向ける。
準備は整った。あとは目の前にいる者を消すだけである。
しかし、これほどの状況を作ったにも関わらず、相手は微動だにすることはなかった。
サーガと対立する相手は体を白で覆っている。
白い法衣に顔を覆う白いヴェール。男か女かの判断も使ない。
相手がこの空間に呑まれて何も出来ないわけではないのは青年自身よく知っている。
サーガが見据える相手は、この程度の殺気など恐れる必要がないのだから。
勝機がないことは分かっている。そんなこと、奴を追うときから思い知らされていた。
六年前のあの日から。
サーガは強く一歩を踏み出した。
相手の間合いと自分の間合いはほとんど同じ。
攻撃されようが防御されようが確実に目標を斬ることは出来る。
奴は絶対にかわさない。殺しに来るはずだ。

そしてあと半歩のところで、胸の生温い感触と共に意識を失った。


慌てて飛び起きると同時に生温い感触のあった胸に手を当てた。
そこにはただ冷たい鉄の胸当てがあるだけであった。

「なんだ……夢か」
「そうね、やっと起きたの」

顔を上げると、そこには呆れた顔をしたリリスがいた。
顔中の脂汗を手で拭い、周囲を見渡した。
どうやらどこかの休憩施設らしく、自分はベッドの上で眠っていたようだ。
隣のベッドにはサーガが眠っていた。

「あいたたた……いきなりアレは酷いよ」
「アレって何のことかしら?」
「それはリリスの……いえ、リリスさんのパンチです」

ギロリと睨まれた。
流石にこれ以上は気絶したくないのか、口が勝手に訂正してくれた。
ありがとう、無意識な行動よ。

「そんな些細な事はいいわ。それよりさっき夢を見てたはずよ」
「些細なことって……」
「いいからさっさと喋れ。死に急ぎたいなら話は別にしとくわよ」

人はこれを脅迫と言う。

「夢って……さっきのあの夢?」
「そう。サーガに関する夢に決まってるでしょ」
「なんでサーガの夢って分かったんだ?」
「説明は気が向いたらあとでしてあげる。だからさっさと言いなさい。」
「分かったよ……」

ついさっきまで見ていた妙にリアルな夢。
今まで感じたことの無い殺気で満たされた空間。
普段は冷静なサーガが見せた、酷く憎しみの篭った眼。
そして、白衣を纏った者。
これらのことを思い出すと頭が痛くなる。
その話を他人に伝えようとすると、余計に頭を使ってしまう。
特にリリスは根掘り葉掘り訊いて来る人で、それだけで痛いというのに。
しかし、あのアッパーに比べれば頭痛なんか我慢出来るレベルだ。
意識が飛ぶというのは頭の中が真っ白になって、死んだ気分になる。
痛いという感覚があることは生きている証拠なのだから、どっちかと言えば安心できる。
我慢しながらリリスと途中から加わったナーナに覚えてる限りの事を話した。

「そっか……戦ったんだ」
「リリスさん?」
「あれと戦ってまだ命があるだなんて、よほど運が良いとしか言えないわ」
「あれって……あの白い服を着た?」
「そう。でもあんまり気にしないで。あんた達には関係が無いことだから」

椅子から立ち上がったリリスはベッドの上で横になっているサーガの額に手を当てた。
ぽぉっと淡い光が掌から溢れ出し、溢れ出した光はサーガの体中の至る所へと吸収されていく。

「サーガさんの記憶、元に戻るのかな?」

ナーナが呟いた。僕はそれに頷いた。
魔法の知識にはあまり詳しくない僕は、今リリスが何をしているかは分からない。
治療の類だとは思うが、それはサーガの記憶を元に戻すものなのか、ただ傷を治すものなのかは判別出来ない。

「さっきの夢ってさ、やっぱりサーガの記憶?」

リリスはゆっくりと頷いた。

「ええ。私の治療用に使う復元魔法とナーナの幻夢魔法を併用したものよ。
 馬鹿にも分かるように説明すると、サーガの中の記憶を夢という形で作り出し、それをナーナの魔法であんたの夢の中に送り込んだの。
 記憶を失くしてるサーガにこの話をさせるのは厳しいでしょうから、ちょうど気絶してるあんたに送ったのよ。」

「あのさ、僕も少し前の記憶が飛んでるんだけどさ」
「思い出したい?」
「……いえ、結構です」

なんだか怖かった。
今のリリスは気持ち悪いくらいに静かになっている。
それほど深刻なものなのかな。
……訂正。
父さんの仲間であるサーガが本気を出してでも勝てなかった相手だ。
いつも冷静であるサーガがあれほどまでに憎む相手なのだから、どれほどの事態なのか、今の僕には想像出来ないだろう。
あの殺意に満ちた眼は僕自身に向けられたものでは無かったのに、背筋が凍る。

「ん、サーガの記憶?」

リリスのこの言葉が何故か引っ掛かった。
僕が見た夢というのはサーガの記憶だ。
それはサーガ自身が体験した出来事であるはずた。
とすると、僕は第三者的位置でサーガとその敵を見ていた。
これは一体どういうことなのだろうか。

「何か思い出したことでもあるの?」
「いや、ちょっと思ったことなんだけどさ」

リリスの問いに素直に頷いた。

「さっきさ、サーガの記憶って言ったよな。じゃあ、僕が見ていたのはサーガの記憶じゃなく、別の人の記憶じゃないのかなって。」
「あ、それはきっと併用した魔法の弱点だよ!」

傍らのナーナが元気良く語り始めた。

「えとね、原因はサーガさんにあるの。サーガさんはいつも客観的な立場から見てたでしょ?
 その客観的な見方も記憶として残っちゃうから、別の位置からの視点になることがあるの。
 特にサーガさんは戦ってるときでもシュミレーションをしたりしてるから、完全に主観的な記憶って言うのは復元できないの」
「へぇ〜そうなんだ」
「何か発見したように見えたけど、残念だったわね。」

リリスの的を得た発言に「ちょっとだけね」と笑って応えた。




次の人へのお題:『過去』、『現在』、『未来』




第8話

 ん?何だか騒がしいな……
 眠い目をこすりながら体を起こすと、窓から差し込む月明かりがまぶしかった。


 僕らは目を覚まさないサーガを引きずりながら、この宿屋にやってきた。
 そして、リリスの「自分がサーガを見てるから」という一言によって、必然的に僕とナーナが一緒の部屋になった。
 リリスのあのいやらしい目つきからすると仕組まれたとしか思えない。
 僕が反対する間もなくナーナはOKしてしまった。
 い、いいのか、ナーナ!?
 なんて、ドキドキしながら部屋に行ったのだが、そんな僕を尻目にナーナは自分のベッドでさっさと眠ってしまった。
 よほど疲れていたのだろう。
 仕方なく僕も寝ようと思ったのだが、なかなか寝付けない。
 複雑な思いが眠りを妨げているのは確かだが、一番の原因は昼間気絶していたせいだろう。
 母さん、どうしてるかな……
 眠れぬままにいろいろと考えていたら、ふと母さんのことが頭をよぎった。
 またゴルペスさんと神経衰弱でもしてるのかな……
「プッ。」
 真剣に悩む母さんの姿を思い浮かべるとふきだしてしまった。
 そのおかげで、なんだか力が抜けて、僕はゆっくりと眠りに落ちていくのを感じた。


 一体何の騒ぎだろう。
 ようやく寝たと思ったらこれだ。
 騒がしい原因は……隣、つまりリリスとサーガの部屋だ。
 ということは……
 サーガが目を覚ましたんだ!!
 僕はあわててベッドからとびだし、急いで隣の部屋へとむかった。
 彼らの部屋に駆け込もうとドアノブを握りかけた僕の手は、空中でピタッと静止した。


 これまで誰に聞いても教えてくれなかった父さんの話……
 今まさにリリスとサーガがしている話はそれに関する話だった。
 ひじょうに喧嘩腰だが……
「……あんただってクリッドのかたきをうとうとしたんだろ!?」
 クリッドは父さんの名前だ。
「だからといっておまえが行ってどうなる?回復系の魔法しかつかえないくせに。」
「なんだって!?もういっぺん言ってみな!!攻撃系の神聖魔法もあるってことを身をもって思い知らせてやるから!!」
「その前におまえの首が宙を舞っているだろうがな。」
 ま、まずい。
 ドア越しに聞いていられる状況じゃなさそうだ。
「二人ともやめなって。」
「ルーク……」
 リリスのつぶやきを聞いてサーガが口を開いた。
「ルーク?クリッドの息子か?」
「お久しぶりです。サーガさん。」
 僕は思わずそんな言葉を口にしていた。
「大きくなったな……」
 そう一言だけつぶやいたサーガの顔は少しだけ微笑んでいるように見えた。
「それより……何の話してたんですか?」
 僕は本題に入った。
「い、いや、サーガがどうして記憶をなくしてたかって話よ。」
「それは父さんの死と関係のあることなんですか?」
「い、いや、それは……」
「そうだ。」
 口ごもるリリスと対照的にサーガははっきりと言った。
「ちょ、ちょっと、サーガ……」
「旅を続けていれば、いずれ噂も耳に入ってこよう。それにもう知ってもいい歳だろう。」
 そう言ってサーガは手短に話してくれた。
 サーガは客観的に淡々と話してくれた。
 ひょっとしたら、この話を聞くのには一番ふさわしい人だったのかもしれない。


 今までずっと上位ドラゴンが父さんを殺したと思っていた。
 そして、そのドラゴンのブレスを父さんが防ぎきると同時に、サーガとミロクの同時攻撃により倒したと。
 ある意味それは正しかった。
 だが、この話にはまだ続きがあった。
 そのドラゴンを操っていた者がいたというのだ。
 その者というのが僕がサーガの記憶の中で見た白いヤツ。
 白いヤツはドラゴンが殺されるとあっさりと退いたらしい。
 ヤツに関する情報はひじょうに少ない。
 人間であるのかどうかさえはっきりしない。
 ただ、ヤツはこの世のあらゆるモノを思いのままにすることができると言われていた。
 過去現在未来、そんな時間の流れでさえも。
 しかし、それなのにヤツはドラゴンがやられて退いた。
 ということはヤツ本体はそれほど強くないのではないか。
 噂だけが先行しているのではないか。
 それなら倒すチャンスは十分ある。
 そう思ったから、サーガは父さんがいなくなってパーティが解散した後、単身ヤツを追った。
 数ヶ月前、ようやくヤツを見つけタイマンに持ち込んだが……
 経過と結果は、昼間僕が体験したとおりだ。
 白いヤツの存在を隠していたのは僕や母さんのためだったらしい。
 確かにあの時、父さんを殺したヤツがまだ生きていると言われていたら、僕はどうしていただろうか。
 

「で、サーガさんは実際に戦ってみて勝てる見込みはあると思いました?」
「ああ。」
「ちょ、ちょっと、あんたさっきと話が違うじゃないの!!」
 リリスが怒ったように言った。
「おまえが言ったところで勝てないと言っただけだ。」
 サーガの話によると、ヤツが時間を操るというのはデマらしい。
 瞬発力と反射神経が桁外れなため、そう見えるのだという。
 間合いが同じだと思っていたのにサーガの剣が届かなかったのはそのせいだと。
「でも、それじゃあどうしたら?」
「『裂光剣』さえあれば……」
「あの伝説の剣士ラゴスの?」
 リリスが口をはさんだ。
「ヤツはその瞬発力と反射神経を生かしたカウンターを狙ってくる。攻撃時が一番無防備だからだ。ヤツの間合いは私がわかっている。チャンスは一度きりだろうが……」
「なるほど……それなら……」
「え〜っと、『裂光剣』というのは?」
 僕は1人納得しているリリスに聞いてみた。
「使い手の思い通りに形を変える、まあ簡単に言えば一瞬で伸びる剣ってことね。」
「なるほど。伸びる剣……」
「それなら、あたし、昨日この街の武器屋さんで見つけたわ。」
 いつの間にかドアの脇には眠そうな目をこすりながら立っているナーナがいた。


 ドン、ドン、ドン……
「すいませ〜ん!!急ぎの用なんです。開けてくれませんか〜!!」
 僕らは朝一でその武器屋へとやってきた。
 ただ、1つ問題が……
「そんなに叩いたら店の方にご迷惑ですよ。」
 みんなの視線がいっせいにサーガにささった。
「あ、あの、何か変なこと言いました?」
 一夜明けてみるとサーガはまたおどおど状態に戻っていた。
 しかも自分のことをサーガではなく、サーガの知り合いだと思っている。
 名前はシーギらしい……
 さらにやっかいなことにサーガの時の記憶はないらしい。
 一から説明している暇はなかったので、たぶん状況は飲み込めていないと思う。
「だあ〜うっとうしい!!」
「ダメだ、リリス、殴っちゃ!!話が進まなくなる!!」
「呼び捨てにすんなって言ってんだろ!!」
 結局僕がとばっちりをうけることになったのだが、ようやく受身がとれるようになり、軽症ですんだ。
「ちっ……クリーンヒットしなかったか……」
 怖いことを言ってくれる。
「なんだい、朝っぱらから、うるさいな……」
 奥でガサゴソ音がしたかと思うと、ようやくちょっと恰幅のいいおじさんが不機嫌そうな顔で出てきた。
「あいにく、まだ開店前なんですがね……」
「すいません。売れちゃうと困ると思って。昨日見せてもらってた剣、もう一度見せてもらえますか?」
 ナーナが丁寧に話しかけたので、おじさんの機嫌は少し回復したように見えた。
「ああ、昨日のお嬢ちゃん……ってことは……え〜っと、これだね?」
「そうそう、これこれ。」
『これ?』
 明らかに安っぽい剣だったので、僕とリリスは明らかに疑いの声をあげた。
「まあ、見てなさいって。このボタンをポチっと。」
 ビヨ〜〜ン
 その剣は10cmほど伸びた。
「へぇ〜すごいですね〜。」
 と言ったのは、サーガ、いやシーギだけだった。
 僕とリリスは開いた口がふさがらなかった。
「ね、ね?これならその白いヤツやっつけられるわよね?」
「………………」


 結局店の人に悪いということで、ナーナは伸び縮みする剣を買い取った。
 まあ安かったからいいようなものだが……
「おかしいと思ったのよね。やっぱこんなとこにあるわけないか……」
 リリスがため息混じりに言った。
「そんな剣をそうそう手放すとも思えませんしね。」
「じゃあラゴスを探したほうが早いかな。でもフラッと現れては消える人らしいし……」
 リリスの言葉にシーギが反応した。
「ラゴスさんの居場所なら知ってますよ。」
『え゛え゛〜!?』




次の人へのお題:『魂』、『熱血』、『根性』




第9話

 シーギのいう話では、ラゴスという剣士は「の山」と呼ばれている山にいるらしい。
 その山は今いる街から少し歩いたところにあるそうだ。
僕たちは街で準備を整え、早速その山に向かうとした。

「はぁ・・・はぁ・・・」
 心臓がバクバクいっている。
 足取りも重たい。
 後ろを振り返るとナーナも同じような状態のようだ。
 いったいどれくらい歩いたのだろう。
 さっきから同じような景色ばかりなので時間の感覚が無い。
 男の僕がこんなに疲れているんだからリリスもきっと疲れているのでは?
・・・と思ったが、リリスは平然とした顔で歩いている。
汗一つかいていないようだ。
 さすが父さんのいた勇者パーティーだ。
 これぐらいは何とも無いのか・・・。
 ん・・・?
 よく見ると足元が青く光っているような・・・。
 それよりも歩いてすらいないような・・・。
「ねぇ、リリス?」
 バキッ!
 きれいな右フックが僕の左頬につきささった。
 いいかげん学習しろよ・・・僕。
「痛い・・・」
「あら、意識失わないなんて根性ついたわね。」
「まぁ・・・ね」
 根性がつくのはいいのだが・・・。
 
 少しひらけた場所に出たので、そこで休むことにした。
「ふぅ、疲れた・・・」
「あら、もうばてちゃったの?案外だらしないわね。」
「でも、リリス・・・さんは何でそんなに疲れてないの・・・ですか?」
 ところどころで殺気を感じるのがとても怖い。
「私は魔法を使ったからよ。まぁ、多少は疲れるけどね。」
「そうだったんですか!?そんな魔法があったのならあたしにも教えてもらえませんか?」
「めんどくさいけど、まぁいいわ。教えたげる。まず・・・」
 急に会話に入ってきたナーナにリリスが魔法を教え始めた。
 ナーナもリリスも魔法の話となると目つきがかわる。
 なんていうか説明しづらいが、一言で言うと「熱血」って感じ。
 無論、僕には魔法に関する知識も何も持っていないわけであって・・・。
 つまりは暇になってしまった。
 とりあえずシーギのところに行く事にした。

 シーギは切り株に座っていた。
なにやら考え事をしているのか、ただ疲れているだけなのかわからないがうつむいている。
「ねぇ、シーギ?」
 僕が話し掛けるとシーギはゆっくりと顔を上げた。
 ・・・
 なんか雰囲気が違う。
 目つきが鋭く、周りを威圧するような気配を漂わせている。
 もしかして・・・。
「もしかして・・・サーガ?」
「ほぅ、良くわかったな。」
「でも、何で・・・?」
 何でサーガになっているんだろう?
「俺にもわからん。リリスの魔法のせいだとは思うのだが・・・」
 昨日の魔法が残っていたのだろうか。
 まぁ魔法のことなんて全くわからないから・・・。
 あとでリリスにでも聞いてみるか。
「まぁそんなことはどうでもいいのだが。」
「そうですね。」
 ・・・・
 しまった・・・
 会話が続かない・・・

「すまなかったな。」
 沈黙を破ったのはサーガだった。
「え・・・?」
「クリッドのことだ。」
「あぁ・・・。」
 父さんのことか・・・。
「俺やリリスがついていながら・・・。あんなことになってしまって・・・。」
 サーガはかなり気にしているらしい。
「気にしないでください。」
 まぁ気にしない方がムリというものか。
「たぶん父さんは納得のいく死に方をしたんだと思います。」
「え・・・?」
「父さんは前から言っていました。『俺は常に人を守り続けたい。その為ならこの命すら投げ出す覚悟だ』って。だから・・・自分の信念を貫くことが出来たのだから・・・。」
「あぁ・・・そうかもしれんな。・・・ありがとう。気が楽になったよ。」
 どうやらサーガの気を晴らすことが出来たようだ・・・。
 いや・・・。
 自分にいいきかせたのかもしれないな・・・。
 そう考えなきゃ、父さんの死を納得できないから・・・。
「ルーク・・・もう涙を拭け。」
「え・・・?」
 どうやら僕は泣いていたようだ。

「さぁ、そろそろ出発するわよ!」
 リリスの掛け声とともにまたラゴスのいる所へ歩き始めた。
 サーガはというと、どうやら魔法の効果が切れたらしく、またあのおどおどしたシーギに戻っていた。
 リリスに聞いてみたが、どうしてサーガに戻れたのかわからないらしい。
 それでもしつこく聞いてみたら、「気にするな!」と一撃をくらってしまった・・・。
 僕は痛む鳩尾をさすりながらとぼとぼとリリスの後についていくのだった・・・。




次の人へのお題:『小屋』、『洞窟』、『ラゴス』




第10話

「ルーク」
 突然、後ろからリリスに呼び止められる。僕が注意を傾けると、シーギとナーナがこちらに気が付いていないのを確認して、小声で話し始めた。
「もし仮に、『裂光剣』みつかったら、あんたはナーナちゃん連れて私達から離れなさい。」
 前を行く二人に気付かれないよう、細心の注意を払って話すリリス。その横顔に、いつもの余裕や魔法に対する高揚、そのほかの感情は表れていない。あるのは疑念と不信だけ。
 シーギに対する。
「どういうことなんですか?」
 リリスの緊張感を削ぐべきでないと思い、自発的に敬語を使用する。かつて中央神殿で『天使』と呼ばれるほどの最高位僧を務めていたリリスは、丁寧な問いに対し丁寧に、そして簡潔に応える。
 昔、まだリリスが勇者パーティの一員になったばかりで村を訪れたときにはもう今のリリスだった。余裕があって自分に正直で、そして何より自分に自信を持っている、今のリリスだった。
 彼女のイメージと僧というものはかけ離れすぎている。彼女自身も本当の自分に気付くことができないくらいに。
 神殿時代の彼女は全ての僧の見本と憧れであり、今の彼女とは正反対だったと言う。しかし、『勇者』と『最強戦士』と『最高賢者』のパーティに関わり、本当の自分の在り方を悟ったらしい。
 そしてその想いを以って最高位僧の位を神殿に返上し、勇者パーティに加わったと言う。
 その話をしてくれたミロクは後できっちりリリスに怒られてたけど。
 リリスはしばらく迷っていたのか、その決定的事実を僕にささやいた。
「あんた達がいると、シーギは絶対に『白い服』に勝てないわ。」
 僕は思わずシーギを見た。
「たぶん、サーガだってわかってるはずよ。自分には無い力がシーギにはあるって。」
 リリスは視線を街の方に戻し、目を細めた。
「あの街の城壁、魔法結界が張ってあるでしょ。あの結界は昔、私とミロクがサーガの指示を元に構成したものなの。当然攻撃反射だってバリバリにかかってるわ。その時、あの男は言ったのよ。『俺なら確実に破れる確信が持てない限り、剣を振り上げることすらしないだろうな。』ってね。わかる?あの街の結界はそのくらい強力なものなの。ましてや魔法剣を使えるほどの人間が、手を出すはずが無いのよ。」
 シーギは初めて会ったとき、あの街の壁に向かって剣を振り上げていた。それも目に見えるほどに魔力を込めた、魔法剣を。
「シーギがなんで街の結界を破ろうとしたか知らないけど、アイツは明らかに破れる確信があって魔力を込めてたわ。あの結界が反射しきれないほどの攻撃をできる自身があったのよ。」
 サーガが剣を振り上げることすらしないような結界を、確実に破る気でいたシーギ。その力がサーガ以上だと、リリスは言いたいのだろうか。
「たまにいるのよ。強すぎる敵に瀕死の傷を負わされて奇跡的に助かったら、想像もつかないくらいに強くなるヤツが。恐らくサーガもそのパターンだったみたい。ただ、サーガの場合、別人格が生じてそこに力が宿ってしまったけど。」
 サーガ以上の力を持つシーギがあの男と戦う。その時に、
「僕とナーナは足手まといに?」
 リリスの言いたいことは読めた。
 たぶん、シーギはサーガ以上に強くて優しすぎると、そう言いたいのだろう。
「ごめんね。あんたもクリッドの仇を討ちたいだろうに。でもね、クリッドがいないからこそ、あんた達を危険にさらすわけにはいかないし、失敗も許されないの。」
 やはり、そういうことなのだろう。そのことを言われる覚悟はあった。
 僕が強くなったと言ってもそれは小さな世界の話で、『最強』や『最高』なんて称号が容易に飛び交う世界では、ただの一剣士にも満たない。
 でも、リリスは一つだけ、勘違いしてることがある。
「僕は、仇とか、そんなののために旅してるんじゃなくて、父さんの見ていたもの、守りたかったものを知りたいんです。」
 思った通りの言葉をそのままリリスに向けると、彼女は「そっか、なら良かった。」と言い残し、気丈な目を伏せて一歩先に進んだ。そして、誰にも聞こえないような声でぼそっと呟いた。
「でも私は、このけじめをつけなけりゃ前に進めないんだ。」

 その後、特に会話もなく、シーギの案内でラゴス小屋についた。
 胸の高さまで生えた草むらの中に、ぽつんと背の低い、木造の建物が見えた。そして、その中に動く人影も。
「ルーク、ナーナ、気をつけてね。」
 シーギが優しく僕らの声をかける。何故か、あのおどおどした雰囲気は消えていた。
 僕らの前で身構えていたリリスに、一抱えもあるようなものがぶつけられた。その反動をもろに受けてしまったリリスは、血だらけでその場に倒れた。
「リリス!!」
 ナーナが悲鳴を上げるが、僕には見えていた。リリスは傷一つなく、尻餅をついただけ。天使の羽のような、長い白髪を染める鮮血は、ぶつけられた人間のものだった。
「参ったね。ラゴスがやられてるなんて。」
 憎憎しげに吐き捨てたリリスは、それ以上話す事は無かった。
 ラゴスの身体に続いて伸びてきた白刃に、胸を貫かれた。
 白刃に先には、白い服の人間がいた。

 ラゴスが、血まみれで飛んできた。よける間もなくて、その身体を受けてこけたら、無駄口叩いてる間に閃光が迫ってきた。
 そのあとは視覚、聴覚、触覚、いろんな感覚が失われて、世界が薄れて行く中で、自分の血の臭いだけが、やたらと鼻に付いた。
 ・・・死んだ、のかな。
 色んなことが思い起こされては消えていった。
 生まれつき神聖度が高くて、物心ついたときには神殿にいた。
 僧ばかりの所だったのは、特徴的な神の色をしてる私にとっては救いだった。それでも、外の人間に会う時はとっても怖かったのを、よく覚えている。
 私は、霊力が高すぎて、誰とも馴染めなかった。だから、気が付いた時にはもう最高位僧になっていた。
 ・・・確か、雨の日だったわよね。
 ある日、神殿に侵入した人間がいた。誰も気付かないほどに気配を殺していたけれど、私にだけは隠せなかった。
 その侵入者は、腹部を半分失った巨漢で、神像にもたれかかっていた。当時、神の存在を誰よりも信じていた私は、彼が神に支えられているように見えた。神が、その身を血で汚しても、助けるほどの人間。
 そう思い込んだ私は、最高の神聖魔法であっと言う間に治癒して見せた。なのに、その男は。
 ・・・普通、あそこで『武器はあるか?』なんて言わないわよね。
 今思い出しても笑みがこぼれる。巨漢の男―ゴルペスは、神殿内で武器を探し始めたのだ。ありそうにもないものなのに、見当違いの場所を一心不乱に探すゴルペスに、僧兵用の槍の保管場所を教えてしまった。
 思えば、それからが私の人生だった。
 そのあと、クリッドとミロクの加勢に戻り、再びゴルペスが神殿に顔を出したのは二日後だった。その日の晩は、神殿に泊まってもらった。
 まだ私の半分しか生きていなかったミロクと、夜通し話して、初めて本気の喧嘩をした。
 ・・・あれは効いたわ。ほんとあの子ったら。
 『お祈り人形』。
 旅の話を聞いてた私にミロクはそう言った。そのことばがきっかけで生まれて初めて感情の赴くままに叫び、ひっぱたいて、泣いた。あまりにも私のことを正確に言い表していたから。
 その後、ミロクの話を聞いた。彼女も、魔力の高さと、制御能力が生まれつき高いだけで最年少の『最高賢者』に選ばれ、魔法使いのレールを駆け足で走り抜けた後、クリッドとゴルペスに会って脱線してしまったらしい。
 それからすぐに、神官長に『私、もう辞める!』って宣言して、クリッド達についていった。
 ・・・それにアイツはむかついたなぁ
 誰って、サーガしかいないじゃない。アイツってば古代技法の魔法剣のこだわりっぱなしで自分のことなんか何一つ見えてないくせにやたら客観視しちゃってさ。だから思わず言っちゃったわよ。
「『この、魔法剣オタク』」
 そう、そしたらアイツってば、、、
 え?
「全く、死にかけた霊体のままでなにしてるかと思えば・・・もっと大切なことがあるだろう。」
 ピクッ。
 ちょっとサーガ、勝手に人の意識に現れて勝手なこと言わないで。あんたにとってどうでもいいことでも私にとってはクリッドたちに会えたことはとっても大事なことなの。
「わからないのか?そのクリッドが何を大切にしていたのか。ゴルペスとミロクが、何故あの村に住み着いたのか。」
 クリッドが、大切にしていたもの?・・・じゃあ、あの二人は。
「そうだ、クリッドが守りたかったもの。あの二人はそれを彼に捧げる為にあの村に住むようになった。」
 『クリッドが大切に思っていた』あれに『クリッドが守ろうとしていた』ものを与えることで、それを果たそうとしていたのね。
「だから、お前にはまだやるべきことがある。」
 わかった。ルークを育てるわ。私がクリッドに教えてもらった全てを伝えるために。
 クリッドの仇なんて考えてちゃダメだ。そこで、受け継がれる流れが止まってしまう。私はルークに流れを伝えなければいけない。
 あれ?そういえばなんであんたがここにいるの?まさか・・・!?
「心配するな。ルークとナーナは守りきってるよ。俺の意識はほとんどシーギに統合されたからな。もう、死にかけた『天使』に渇を入れるくらいしか能が無いのさ。」
 そんな・・・
「これで『魔法剣士』サーガは消えるよ。一番気にかかってたことも解消されたしな。」
 でもっ!
「うるさい!まだわからないのか!お前にはまだ出来ることがあるって言ってるんだ!早く戻れ!」
 ・・・意地でも生き抜いてやるわ。あんたの分までね。

「ルーク!」
 ナーナの悲鳴で気が付くと、視界に白刃にさらされたルークが入った。
 私は慌ててラゴスに蘇生術を施し、ルークの元へと駆け寄る。
 その間、シーギとナーナが裂光剣を手にした超高速の『白い服』を相手にする。
「ルーク、あんた生きてる?」
 ルークの斬られた患部を見て驚いた。ルークが手にしていた剣は切断されているのも関わらず、荷物に入っていた『勇者の剣』は傷一つ付かずにルークの致命傷を防いでいた。
 ・・・クリッド、あんたやっぱりこいつが大切なんだね。
 回復魔法を唱え、ルークの意識を確認する。
「うん、大丈夫。」
 ルークは折れた剣と勇者の剣を交互に見ていた。
「あんた、その剣使いな。あんたにはその資格が十分あるよ。」
 ルークは少し驚いて私を見つめたけど、やがて大きく頷いた。
「うん、わかった。サーガさんを助けなきゃ。」
 駆け出そうとするルークを私は引き止めた。
「一回しか言わない、よく聞きな。サーガの意識は消えて、シーギに統合された。あそこで戦ってるのはサーガじゃない。シーギだ。」
 ルークは私の言葉を一言一言かみ締めて聞いていた。
「最期に言ってたよ。『ルークの言葉で救われた。復讐の暗い洞窟から抜け出せた』って」
 ルークはやっとサーガのことを実感したらしく、目に涙を浮かべた。しかし、男の仕種で目を拭うと「リリスさん、ありがとう」と言って『白い服』に向かっていった。
 ・・・救われたのはあんただけじゃないよ、サーガ。
 私は神聖魔法で三人を援護しながら、天のどこかにいる昔の仲間に向けて語りかけた。
 ・・・私も、あんたのおかげで洞窟から出られそうだよ。やっと出口の光が見えてきた。




次の人へのお題:『父さん』、『勇者』、『帰郷』




第11話

周囲に絶え間なく爆発音が響く。
相手の動きを遮るために、威力ではなく、出来るだけ量を重視する。
そのためか、爆発の規模は小さい。
変形自在の剣を受け止めるシーギの妨げにならない程度に抑えているのだろう。
だが、ナーナの魔法は、規模が小さすぎるのか、白い法衣を纏った相手には全く影響を与えてはいなかった。
相手は右手で裂光剣を持ち、まとわりつくような形の刃をシーギに向ける。
そして左手では自らの獲物である『ミセリコルデ』と呼ばれる短刀を持ち、魔法を弾いている。
この装備からしてすでに完璧としか言わざるえない。
裂光剣で中距離、ミセリコルデで近距離を制しているのである。
基本は裂光剣で攻め、反撃は即座にミセリコルデで返す。
極限までに間合いを極めた者であるのだ。武器こそが最強の盾である。
その盾に阻まれ、シーギはナーナの魔法援護を受けているのにも関わらず、全く近づくことは出来なかった。
いや、近づくどころかシーギはすでに攻撃を受けるだけで精一杯であった。
変幻自在の刃……即ち、体の一部にでも巻きつかれでもしたら、確実にその部分は使えなくなる。
腕ならば切り落とされるか……運が良ければ深い傷をいくつも負う程度だろう。
と言っても、全体に満遍なく抉られた傷をつけられるということは、すでに回復不能に近い。
縫合は不可能であることはもちろんのこと、魔法でも治療はおそらくは困難を極めるであろう。
当然ながら、胴体や首などに巻きつかれた場合は『死』しか道はない。
シーギは必死で刃を弾く。しかし、どうしても手ごたえがない。
弾く寸前に刃が形状を変え、最も力の入った一撃を紙一重で避けているのだ。
これは裂光剣の特性なのか、それとも敵の技術でしているものなのかは分からない。
だが、そのせいで、迫り来る裂光剣との間合いが取れない。
また、単調な動きも出来ない。
伸縮できる刃には普通に逃げても確実に追いつかれてしまう。
緩急をつけるのも大切であるのだが、異常な速さで向かってくるのだ。ゆっくりは出来ない。
常に最大の力で地面を蹴り、意識しながら逃げる方向を考えなければならない。
弾けない刃に対抗するには非常に難しい。
シーギは大きく後ろを飛んだあと、地面に剣を少し傾けて刺した。
掌から剣先へと、回避している間に溜め込んだ魔力を集中させる。
そして裂光剣の刃が届く前に、一気に爆発させた。
前方に大きな土砂と草が舞い散り、一時的に自分の姿を隠す。
刃が先程の様な鋭利な動きを止めた。
後方へ二転三転し、シーギはようやく間を採る事が出来た。
体の数箇所に幾つかの切り傷がある。どれも大したものではない。
全力でとは言え、これだけの猛攻を致命傷無しで回避できるというのはそうそう出来ることではない。
しかし、これでは何の解決にもならない。
こちらは全力で回避。相手は魔法を弾きながらとは言え、全くその場を動かずでの攻撃。
どちらが先に体力の限界が来るか……誰でも予想はつく。
シーギは再び地を蹴った。まだ土煙は已んでいないが、休みすぎも良くはない。
次に来る何段もの攻撃を回避し、攻撃へ転ずる方法を模索する。
相手がいくら最強であったも、攻撃方法によってはいくらでも勝機はあるはずだ。
その勝機を体の何処かで感じる新たな力に託して。


リリスは唇を噛み締めた。
私達は随分と甘く見られている。
もし奴が本気であるならば、攻撃を裂光剣だけにするはずがない。
クリッドと共に戦ったときは、それこそ何十とも何百とも言える怪物を召喚してきた。
怪物の召喚……今私達が目の前にしている男のみに許された最悪の魔法。
人々から付けられた名は"使役者"である。
この名の者によって滅ぼされた街は三十を超える。
強大な力を持つ国はまだ滅ぼされていないが、中規模の都市くらいならばすぐに破壊される。
クリッドと旅をしていたときに聞いた風の噂で五つ。
五つともが中規模都市であったため、農村などを含めると百を超えているかも知れない。
そんな使役者は、私達に対しておそらく、裂光剣の実験をしているのだろう。
奴が本気を出せば、ナーナの魔法など、弾く程度では終わらない。
シーギを援護するためにナーナが唱えている魔法は、正直なところ、未熟で、不完全だ。
彼女はミロクに魔法を教わっていたと言った。
ミロクならば、教え方については問題は無い(ちょっと怠けるところはあるが)。
だが、ナーナにはミロクのような強くて器用な魔法能力が無い。
そして人間に対しての実戦もまるでない。
本来、殺傷爆発系の魔法というのは、薄膜で包まれた球体の中に爆発因子を入れ、
それをぶつけるまでの間に極限までその分子を分裂させ、球体を膨張させるのだ。
その薄膜は衝撃があれば破けるのは当然で、時間の経過で爆発因子による膨張でも破れる。
ナーナはこの魔法に関して言えば、異様に膜が厚い。
これほどまで厚ければ、衝撃があっても爆発しなかったり、爆発しても厚い膜によって外へ向かう力が抑制されてしまう。
また、一流の武術使いとなれば、爆発しにくい球形魔法を完全に無効化させることも出来る。
使役者がナーナの魔法を弾いているのは、魔法の方向を微少衝撃で変えているだけである。
こんなことは対魔法使いにおける簡単な動作で、二流の者でも可能なものは多い。
一流は微少衝撃を数回加えることで方向を完全に反転させ、反射させる。
ナーナが異常に膜を厚くしているのは無意識である。
これも相手が人間であるという、殺人に対する恐れ。
実戦を重ねているミロクやリリスにはまず有り得ない。
模擬戦であるならこの二人も手加減はするが、自分達より上の相手では手を抜くことは無い。
つまり、客観的に見ると、現在の戦力で使役者を殺害することは極めて難しいといえる。
これを理解しているのは自分だけではないだろう。
この場にいる全員がそう感じているはずだ。

「………………」

神聖魔法六式"陽虹"起動。
光と光を結合、物質化された矢が三十九本、線と弧を描き、使役者へと放たれた。
そして使役者に当たる直前、爆発。

「ぐっ……」

使役者は堪らず裂光剣の刃を戻し、後ろへと飛び退いた。
しかし、ミセリコルデは彼の真横へと弾き飛ばされた。
まさか神聖魔法が爆発するものとは考えなかったのだろう。
衝撃はあるが、"陽虹"の殺傷能力はゼロに等しい。物質が光だけで出来ているのだから。
主な用途は眼から強い光を入れることで視覚を奪い、同時に脳の処理速度を極限まで高め、気絶させることだ。
驚異的な魔法であるが、眼を保護する道具や魔法をしていればなんら影響は無いものだ。
最低、眼鏡でもしていればこの魔法は八割方回避出来るという、実に簡単なものだ。
使役者が着ている白い法衣はこの光を反射させるためでもある。
その油断を逆手に取った。
リリスは"陽虹"を使役者ではなく、ナーナの魔法を狙ったのだ。
魔法を弾くことは精密な作業。大きな力などは迂闊に加えられない。
本来ならばこの程度の爆発による衝撃では彼は武器を手放すことは無い。
だが、やはり油断の二文字の前では何もかもが無効化する。

「貴方もそろそろ終わるべきなのよ。」

リリスは次の魔法を起動させた。


魔法とは自然の中には存在しないものである。
何者かが何かをもとにして創りあげたものだ。
原理は不明であるが、その有用性に勝るものは今は何もない。
だが、原理不明であるために、魔法による副作用などもまだ分からない。
一般的になら分かることはある。
魔法は人体には有害である。それは術者と被術者の両者ともどもである。
術者はその魔法の衝撃に、被術者は魔法の効力によって障害が残る。
攻撃系は普通で、回復系にもある。
魔法による治療とは、受ける側の体力と魔力を治癒に集中させることで即座に治す。
つまり、新陳代謝を過剰に発達させるのだ。
そのため、その部分だけどうしても寿命が早く来てしまい、老化などの現象が逸早く訪れる。
攻撃系となれば、余計性質は悪い。
ナーナの手から血が滲み出していた。
摩擦によって皮が擦り切れたり、魔法の衝撃によって火傷や裂傷を帯びていた。

「(……何やってるんだろう?)」

こんなこと、全然考えてもなかった。
本当なら、しばらくはずっとルークとカジの三人で旅をする予定だった。
いろんな所を見てまわって、ギンカとも会って、楽しく行くものだと思っていた。
ルークがカジを追い返したときは驚いたけど、それはそれで嬉しかった。
昔から二人きりになることなんてなかったから。
でも……どうしてなのかな。どうしてルークは無茶をしようとするんだろう?
今、私達の目の前にいるのはクリッドさんを……。
ルークがどうしても戦いたいのは分かる。でも、どうして今なのかが分からない。
ルークはずっとゴルペスさんに剣を教えてもらっていた。
それは復讐のためだったのかな?
たったそれだけの意志で、ずっと頑張ってきたのかな?
もし、そうなら……。
ミロクさんは言ってた。もし何かがあったら、ずっとルークのそばにいてあげてって。
でも、もしかしたらこれが最初で最後かも知れない。
そばに居るのはいいけど、復讐のために居るのは絶対に、やだ。
サーガさんもリリスさんも、やっぱり復讐のためなのかな?
じゃあ、私ってどうしてここにいるんだろう?
どうして……どうして……?
ずっとずっと鍵の掛かっていた扉が開いた。


「ナーナ!?」

ナーナの詠唱が止まった。
膠着状態にあった戦いが、使役者へと傾いた。
確実に裂光剣の使い方を分かってきた使役者。
対するは体力が限界に近くなってきた四人。
ナーナが抜けたことで、その穴に一気に使役者は力を注ぎ、満たした。

「壁よ、阻め!」

地面がせり上がり、壁と成した。
リリスが使える通常の防御魔法の一つである。
壁で使役者の視界から消えることで、裂光剣の追撃を一時的に回避する。
だが、あの鋭さを持った突きである。いつ破られるかは分からない。
それよりも、ナーナの容態である。
手は黒く変色し、腕から肩まで赤くなり、ところどころ血が滲んでいた。
誰から見ても、重傷としか言えなかった。
リリスの治療が必要であるが……リリスは治療を施そうとはしなかった。
ルークは文句を言ったが、最早手が付けられない状態なのだ。
黒い変色は体がすでに魔法に耐えられなくなったということである。
魔法による衝撃に対し、限界を超えてしまったところに治療用とは言え、魔法を掛けるのは危険だ。
そう、魔法衝撃の限界とは、治療用魔法の耐性の限界。
普通ならばこのような状態になる前に、痛みで魔法を起動することが出来なくなる。
また、魔法を使うときには必ず自分に抗魔の魔法を掛け、魔法衝撃を軽減しなくてはならない。
しかし、ナーナはこれをしていなかった。
突然で初めての実戦。そして戦うは強大な敵。
極度の緊張と興奮が長時間続くことにより、抗魔の魔法と痛みを忘れていた。

「ナーナ、大丈夫か?」
「うん……大丈夫だよ。」

これ以上の言葉は続かない。
互いに少し沈黙したあと、先に言葉を発したのはナーナであった。

「ねぇ、どうして今戦ってるの?」

どうして戦っているか。ルークにはよく分からない質問だった。
どうしてか……それは相手が自分の父を殺したから。
だとすると、復讐のために戦っているのだろうか?
それにしては何か違う気がする。
復讐とは必ず心のどこかに強い憎しみがある。
しかし、どうしてもルークにはその強い憎しみが思い当たらない。
父を殺した……だけど、それで僕の父さんは最後まで大切なものを守ることが出来た。
だとすると、相手は父さんに生きがいを最後まで与えてくれた大切な人とも言える。
恩人であり、仇でもある。
だとすると、一体どのような理由で戦っているのだろうか?

「あのね、もしルークが復讐で戦ってるって言うなら私……」
「……違うと思う。多分、僕が今、戦っている理由は復讐なんかじゃないと思う。」

ルークの言葉にリリスとシーギも驚いた。

「なんていうか……憎んでるんだけど、感謝もしてるって言うか……。」
「ルーク、あんた自分の父親殺した奴に感謝するって言うの!?」

リリスがかなり怒った声を出した。
でもルークは怖がらずに首を横に振った。

「なんていうか……表現がしにくいんだけど、強く憎んでるわけじゃないんだ。
 あいつが父さんを殺したのは事実で、僕も心のどこかでは絶対に憎んでると思うんだ。
 でも、父さんは最後まで自分の一番大切なものを守っていたんだろ?
 だとすると、あいつは父さんの生きがいを最後まで楽しませてくれた奴なんだなって……。」
「………………」
「変だと思うけど、やっぱりそんなに憎んじゃないし、出来るなら憎みたくないな。
 人を憎むって何か僕としたら嫌だしね。」

パンッ。リリスはルークの頬を強く叩いた。
ルークは一言謝り、笑った。
自分の言ったことに対しての責任を持っている証拠だ。

「あんた、やっぱり馬鹿。よく理由も分からずに戦ってたものね。」
「うん、もしかしたら楽しんでただけかも知れないな。」
「……もう一発殴っていい?」
「それで気が済むんだったら別にいいよ。」

リリスは溜息をついた。
よく分からず戦う。昔、私の仲間にもそんな勇者がいたなと。


「難しいわね。」
「……何が?」

リリスはルークを軽く殴った。
と、守っている壁が音を出し始めた。
裂光剣の攻撃により、だんだんと脆くなってきているのだ。
ナーナを除いた三人は身構えた。

「あいつを憎まずに倒すのは難しいって言ったのよ。」
「えっ……あ、そうだね。」
「帰ったら私とシーギとナーナの言うこと、何でも聞きなさいよ。」
「……三人分はちょっと厳しいよ。」
「文句言わないの。あんたのわがまま聞いてるのはこっちなんだから。」
「分かったよ。」

帰郷してからはハードな生活が待っているようだ。
当分は旅を終わらすことが出来ないなと苦笑いをした。

そして音をたてて防御壁は崩れ去った。




次の人へのお題:『裂光』、『特性』、『破壊』




最終話

「勝負かけるわよ!!ルークは右から!!シーギは左へ回って!!」
 リリスの声が響く。
「OK!!」
 僕は思い切り右へ跳んだ。
 しかし、正面に見えるはずのシーギの姿がない。
「シーギ、聞こえないの!!シーギ!!」
 リリスは今にも蹴りをいれそうな勢いで喚いていたが、シーギが動く気配は全くない。
「ククク……」
 突然、どこからか笑い声。
 不意に発せられた笑い声に、僕らはとまどいを隠せなかった。
 しかし、声の発生源は……
「シーギ、あんた一体……」
 リリスが数歩後ずさりながら言った。
 僕は思わず目の前の敵から目をそらし、シーギを見つめてしまった。
「ククク……まったく、人間というのは愚かな生き物ですねえ。」
 笑い声からは判別しづらかったが、その声はまさしくシーギのものだった。
「殺すのは簡単ですが、せっかくですから、少しおしゃべりでもしましょうかねえ。ククク……」
 何が何だかわからないという顔をしている僕らを見て、シーギは楽しそうに笑った。
「せっかく人間の言葉も覚えたことですしね。少し説明してさしあげましょう。ん〜そうですね〜どこから始めましょうか……じゃあこの体の前の持ち主が私のもとへとやってきたところからにしましょうか。」
 そう言ってシーギは、まるで言葉を覚えたての子供が何かしゃべりたくてたまらないといった感じで語り出した。


 "使役者"はあの洞窟での戦いで瀕死になったサーガを見て、おもしろいことを思いついた。
 それはサーガの意識をのっとって、人間になりすますことだった。
 自ら変装をしなかったのは、自分では人間の声を出すことができないからだ。
 そう、"使役者"は人間ではなかった。
 それどころかこの世界の住人ですらない。
 この世界にあってはならない存在。
 しばしばあるらしい。
 時空の歪みから異世界へと迷い込んでしまうことが。
 とにかくサーガの体をのっとった"使役者"は、人間の言葉を学び、習得した。
 そして、偶然僕らと出会った。
 そのころ"使役者"本体はラゴスを見つけていた。
 おもしろそうな剣を持っていたため、ラゴスを殺して奪った後、試しに使ってみたいと思った。
 そこで、僕らがここへやってくるように仕向けたというのだ。


「あちらこちらに意識をとばさねばなりませんでしたから、ラゴスとやらを倒すのに少々手間取ってしまいましたがね。しかし、君たちがあまりにも貧弱でがっかりしましたよ。だから、しかたなく自分の分身であるシーギで試していたんですがね。ククク……そうしたら何を思ったか、この体の持ち主が自ら消えてしまいましてね。ククク……」
「なっ!!そんな……それじゃ、サーガは……」
 リリスが震えているのが遠くからでもわかった。
 それは怒りか、悲しみか、それとも悔しさか……
「『犬死に』ってやつですか、ククク……」
 追い討ちをかけるように"使役者"の操るシーギが言った。
「許さない……あんただけは絶対許さないっ!!」
 呪文を詠唱しながら白いヤツめがけてとびかかるリリス。
 しかし、その前にシーギが立ちはだかった。
「くっ……」
 ひるむリリスの腹にシーギは一発蹴りを入れた。
「ガッ……」
 声にならない声をあげ、リリスは後ろにふっとんだ。
 そのまま岩肌にうちつけられ、ぐったりとなったリリスに向かって、シーギはゆっくりと歩みを進めた。


 リリスがふっとばされる光景がどこか遠いことのように思える。
 僕の頭は活動することを拒否していた。
 押し寄せる絶望感を受け流すべく、防御本能が働いたのかもしれない。
 どうあがこうと勝てっこない。
 あいつは強すぎる。
 いくつもの都市だって1人で破壊しているらしい。
 それに何より、父さんたちでさえ、最強の勇者パーティでさえ勝てなかったのだ。
 今さら僕に何ができる。
 何もできっこない。
 もう……ダメだ……

 トンッ

 その時僕の背中に何かが触れた。
 僕はハッと我にかえった。
「振り返らないで。」
 ナーナの声。
 どうやら背中に触れているのはナーナのおでこのようだ。
「このまま聞いて。」
 ナーナの息遣いが荒い。
 焼け爛れた両腕が相当痛むに違いない。
「あいつの手にしている裂光剣、だいぶ小さくなってると思わない?」
 "使役者"はリリスの方に気をとられているらしく、こちらにはわき目もふれない。
「そうみたいだけど、自由に形を変えられるんだから、別におかしくもなんともないだろ?」
「そうかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない。」
「どういうこと?」
裂光剣の刃は持つ者の精神力を使ってその形を維持しているの。だからあいつの精神力はどんどん削られているはずなの。」
「ってことは、疲れてきている?」
「あいつは人間じゃないみたいだから、どれくらいの精神力があるかわからない。でも、ラゴスさんとも戦っているんだから、疲れてきていてもおかしくないわ。」
 しかし、"使役者"は全く疲れたそぶりなど見せていない。
 本当に弱ってきてるんだろうか……
「でも、何でそんなこと……」
 そう、ナーナがそんなことを知っているはずがない。
「さっき読んだの。ギンカくんに渡すはずの本。あれには伝説の武器や防具について書かれてあったわ。」
 戦闘で荷物が散らばってしまっていたせいで、たまたま目に入ったらしい。
 僕には読めなかったが、魔法を学んだナーナには読めるものだったのか……
 黒く変色した手で、痛みに耐えながら必死に読んだに違いない。
「そこに……あなたの剣のことも……」
 ナーナはひどくつらそうだ。
 背中がしめっぽく感じるのはナーナの汗だろうか。
「……勝てるかどうかは……わからない……でも……あきらめないで……絶対……ぜったい……」
「ナーナ!!」
 ナーナがこんなになってまで伝えてくれた勝ちへのヒントを無駄にすることはできない。
 確かにヤツは裂光剣の特性について知らない可能性が高い。
 僕は希望とともに勇者の剣を握り締めた。
「ぐあああぁぁぁ!!!!!」
 ナーナが倒れると同時に、あたりに絶叫がこだました。


 体が動かない……
 攻撃魔法詠唱中だったから、ダメージを軽減することができなかった。
 キック一発でこのザマか……
 慣れないことはするもんじゃないわね。
 サーガの言うとおりだったかもしれない。
 サーガの顔が頭に浮かんだと思ったら、そのサーガの姿をしたヤツに胸倉をつかまれた。
 私は睨むことしかできなかった。
「いい目をしてますね。これならもう少し楽しめそうだ。」
 そいつはサーガの顔でいやらしい笑みを浮かべた。
「サーガとやらは私に言っていきましたよ。『リリスを守ってやってくれ』と。ククク……」
「!!」
 あの、バカ……
「ククク……実にいい顔をしますねえ。言葉を交わせるということが、これほどおもしろいものだとは思いませんでしたよ。ククク……最高だ、最高の気分ですよ。」
「あああああ!!!!!」
 私が最後の力を振り絞って抵抗しようとすると、みぞおちに膝がつきささった。
「おっと無駄な抵抗はしないでいただきたい。」
「グッ……」
 痛みと悔しさで思わず涙が出る。
「それにしても敵である私に、自ら体を明け渡してくれるとは。ククク……まぬけにも程があるというものです。」
 サーガ、ごめん……
 あんたがこれほどまでに侮辱されてるのに、私は何もしてあげられない。
 あんたは私を励ましてくれたのにね。
「そろそろ死んでもらいましょうかね。まだ1人お客さんを待たせていることですし。」
 反応が鈍くなった私に飽きたらしい。
 胸倉をつかんでいた手が離され、私は壁にもたれるように座り込む格好となった。
 目の前の男が剣を抜く。
 私はこのまま死んでいくのだろうか。
 サーガの分も生きると約束したばかりなのに……
「サーガ……サーガァァァァ!!!!!」
 私は思わずサーガの名前を呼んでいた。
 涙でかすむ私の視界はぼやけていたが、剣が振り下ろされるのがわかった。
「ぐあああぁぁぁ!!!!!」
 薄れゆく意識の中で、何故か自分のものではない絶叫が聞こえたような気がした。
 そして、『すまない』という声も。


 突然こだました絶叫はサーガの肉体から発せられていた。
 頭を抱え、身もだえしている。
「ぐっ……バカな……なぜ……やめろ……」

 パーン!!
 
 何かが弾けるような音が聞こえた。
 そして、次の瞬間、サーガの肉体は糸が切れたように、地面に倒れこんだ。
 それとともに"使役者"本体が膝をついた。
 裂光剣は輝きを失っている。
 今しかない!!
「うおおおおお!!!!!」
 そう思った僕は自分を奮い立たせるように大声を張り上げ、"使役者"に向かって行った。
 僕に気付いた"使役者"は裂光剣を捨て、ミセリコルデを構えた。
 多分これが"使役者"本来の型なのだろう。
 弱っているはずなのに、さっきよりもプレッシャーがきつい。
 足が止まりそうになる。
 気持ちが大きく揺らぐ。
 『あきらめないで』
 そんな時、ふとナーナの言葉が思い出された。
 そして、迷いは全て吹き飛んだ。
 この一刀に全てを懸ける!!
 戦闘に集中した瞬間、デジャヴュが僕を襲った。
 このシチュエーションは、リリスが見せてくれた。
 そう、サーガの記憶そのままだ。
 僕は、ヤツの間合いを知っている。
「いけぇ〜!!!!!」
 サーガのやられた間合いでフェイントを繰り出す。
 ここぞとばかりに動き出す"使役者"。
 ここしかないっ!!
 僕は上へ跳んだ。
 剣を逆手に持ち替える。
 予想通り左脚に激痛が走った。
 その位置には、ついさっきまで僕の心臓があった。
 間髪いれず、僕は渾身の力をこめて剣を振り下ろした。
 "使役者"の背中に深々と剣が突き刺さり、僕は地面に転がった。
「ギギィィィィィ!!!!!!」
 声ともいえない声をあげ、"使役者"はその場に倒れこんだ。
 というよりも、崩れていったという方が正しいかもしれない。
 後には塵ひとつ残らなかった。
 まるで最初から何も存在していなかったかのように。
 僕はその不思議な光景を眺めながら、痛みと安心感から、意識が遠のいていくのを感じた。


 迷いが消えた瞬間から、勇者の剣が光り輝いていたことにルークは気付いていただろうか。
 勇気、それは決してあきらめず、立ち向かう心。
 真に勇気ある者が手にした時、勇者の剣は輝きを放つ。
 ルークは勇者として認められたのだ。
 歴代の勇者たちによって受け継がれてきた勇者の剣によって。
 しかし、それを知り得たのは、今はもういない"使役者"だけである。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「また、ここに戻ってくるとはね。」
 太陽の光にきらめく白い髪をおさえつけながら、私はひとりつぶやいた。
 もう二度と来ることはないと思っていた。
 もはや学ぶべきことはないと思っていたから。
 
 ビヨ〜〜ン、ビヨ〜〜ン
 妙な音で私は目が覚めた。
 すぐそばにサーガの剣がささっている。
 どうやらさされてはいなかったらしい。
 そういえば、"使役者"は!?
 ガバッと飛び起きた時、視界に入ってきたのは……
「サーガ!?」
 そこには、ナーナがあの武器屋で買った剣を、伸ばしては縮めるサーガの姿があった。
 なぜだろう。
 私はそれがサーガであることになんの疑いをもたなかった。
 さっきまでシーギに殺されかけていたというのに。
「あんた、生きて……」
 私は言葉につまった。
 無表情なのはいつものことだったが、サーガの目には生気が全くなかった。
「サーガ?」
 私は一度声をかけてみた。
 しかし、反応はない。
「サーガ!!」
 私は思わず抱きしめた。
 とめどなく流れる涙がサーガの胸元を濡らしていったが、相変わらずサーガは剣を伸び縮みさせていた。
 剣を持ったのは、きっと剣士としての本能だろう。
 このまぬけな剣を持ったのは、目覚めた時一番近くにあったからだろうか。
 私はこの時決意した。
 自分の手で必ずサーガを治してみせる、と。

 だから私はサーガをこの神殿に連れてきた。
 ここなら心置きなく神聖魔法の研究ができる。
 あの時『すまない』と言ったのは、きっとサーガだ。
 あのバカ、きっちり治して、土下座させてやるんだから。
 ただ1つ心残りなのは……あの約束。
 そう、ルークが何でも言うことを聞くというアレ。
 ナーナに全て譲るんじゃなかったかな。
 ここで召し使いとして私の身の回りの世話でもさせれば良かった。
 実に惜しいことをした。
「あいつら、うまくやってんのかな。」
 真っ青な空に浮かぶ2つの雲が2人の顔に見えた。


「あ〜ん☆」
 パクッ、モグモグ
「うん、おいし〜い☆」
「ふぅ……」
 ご機嫌なナーナを横目に、僕はため息をついた。
「あ〜今おもしろくないって顔したでしょ〜。」
 そういうところはよく見てるんだよな。
「い、いやそんなことないけどさ。」
「何でも言うこときくって約束したんでしょ。そうじゃなくても、あたし手がこれなんだから。」
 ナーナは包帯でぐるぐる巻きにされた両腕をあげてみせた。
 僕の脚はリリスがすぐになおしてくれたが、ナーナの腕は、しばらく薬で治療しなければならないらしい。
 最終的には治癒魔法も併用していくということだが。
「はい、すいません……」
 しかし、ホントによく戻ってこれたもんだ。
 『あきらめないで』
 あの時、ナーナが言ってくれなかったら、僕はあいつを倒すことができなかっただろう。
「あのさ、ナーナ、その怪我がなおったら……」
「なおったら?」
「いや、なんでもない。」
「なによ、それ〜。」
「それより、はい、あ〜ん。」
「あ〜ん☆」
 あせることはない。
 まだ時間はたっぷりある。
 これからのことはゆっくり考えよう。
 そう思った。


 窓から差し込むあたたかい光が二人を照らしていた。








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