青空の下で


青くどこまでも続く空。
ゆったりと流れていく白い雲。
気持ちいいくらい晴れ渡っている。
「はぁ・・・。」
ため息を一つつき、煙草をふかしてみる。
キーンコーンカーンコーン・・・。
授業開始のチャイムが鳴り、周りにいた生徒たちがばたばたと教室に戻っていく。
もう一度煙草を思いっきり吸い込んで吐き出す。
「・・・っふぅ〜〜。」
煙草なんてめったに吸わなかったから、頭がくらくらする・・・。
うまいとは思わない。
ただなんとなく吸いたくなったから吸っただけだ。
ジュッ。
煙草をもみ消し、勢いよく立ち上がった。
「あっ、先生、ポイ捨てはダメだよ。」
近くにいた女子生徒の一人が言う。足元にはしっかりとその証拠が残っている。
私は拾って携帯吸殻入れに入れると、女子生徒は笑って駆けていった。
「……ふぅ。」
私はため息をつき、もう一度青い空を見上げた。
大学3年の秋……私はここ、布留川小学校に教育実習生として来ている。
教育実習というだけでも、教師に近い立場での作業は緊張する。
まあ、それは当たり前、私だけではない。
他に3人、教育実習生がいる。一応、彼らとは仲が良い。
全員、初めてのことなので互いに肉体的にも精神的にも助け合っている。
まだ始まって4日目なのだけど、私も随分と助けてもらっていた。
……主に……精神的な面を。
自分は人見知りが激しいと思っていたが、まさかこれほどまでとは思わなかった。
教師はもちろん、生徒の一人一人にまで強い警戒をしていたのだ。
生徒は小学生。好奇心旺盛な彼らにとって私たち教育実習生は新たな話題だった。
話しかけられるのは当然で、中には抱きついてくる者までいた。
それが私の警戒心を更に逆撫でしたのか、2日目の夜に激しい頭痛に見舞われた。
本当なら誰もいないところで休みたかったが、どこも生徒でいっぱいだった。
どうせなら……ということで、多少の生徒は我慢をして屋上へ来ていた。
しかし、透き通るほどに青い空は少しも私の心を癒してはくれなかった。
しかたなく慣れないタバコを吸ってはみたものの、残ったのは気分の悪さだけ……
何の解決にもならなかった。
しまいにはいろいろと教えなければいけない小学生に、私の方が注意されてしまった。
やりきれない思いをかかえながら私は職員室へと急いだ。


職員室に戻る途中、水飲み場で、私は1人の女の子を見かけた。
それが休憩時間であれば私は気にもとめなかっただろう。
しかしさっきチャイムが鳴ったということはもう教室にいなければいけない時間だ。
相当に気分が萎えていた私は、その子を無視して通り過ぎたかった。
そうできればどんなに楽だろう。
しかし、ここに教師としてきている限り、見てみぬふりはできない。
気持ちを奮い立たせ、私はその子に声をかけた。
「もう休憩時間は……」
言いかけて私は言葉につまった。
その子の服は全体的に白っぽかった。
近くに寄るまでわからなかったが、それはどうやら砂にまみれた跡のようだ。
さらに、ところどころ擦りむいていて、今はその傷口を洗っていたのである。
「すいません…」
小さな声でそれだけ言うと、女の子は走って行ってしまった。
「ちょ、ちょっと待って…」
追いかけようとした私は、そこに小さなハンカチが落ちているのを見つけた。
そこには「yasuko」という刺繍がしてあった。
ハンカチに気をとられていた私はその子を見失ってしまった。
しかし、yasuko…やすこ…どこかで聞いたような名前だ。
「あっ!!」
数秒後、私は気が付いた。
保坂泰子……私の受け持っているクラスの子だ。
4日も一緒にいるのに私はすぐには気付かなかった。
極度の人見知りのせいで生徒の顔もろくに見れていなかったらしい。
私は少し迷ったが、彼女を探すことにした。
私には彼女がそのまま教室に行くとはとても思えなかった。
次の時間は先生の授業を見学する時間であったが、あとで何とでもいいわけできるだろう。
しかし、探すといってもどこを探せばいいのだろう。
私にはこれといって心当たりがない。
それでもじっとしてられず、とりあえず校内を探し回ってみることにした。
屋上には…いない。
校庭には…いない。
体育館には…って今は授業中だ。
他のクラスが体育をやっている。
もちろん彼女はいるわけがない。
はぁ…、どこに行ってしまったのだろうか。
こうなったら誰かに聞いてみようか。
聞くとなれば、生徒のことや校内のことを良く知っている人物…。
それでいて授業中でも聞けるとなればあの人しかいないな。
思い立った私は急いで保健室に向かった。
ガラッ
保健室の戸を開けると、薬品の良いとも悪いとも言えぬにおいがただよってくる。
ざっと見回したが、そこには誰もいなかった。
留守かな。
「失礼しま〜す」
「は〜い、ちょっと待っててね〜」
一声かけると、カーテンで仕切られている向こう側から、声がかえってきた。
確かカーテンの向こうはベッドがあったはずだ。
他に誰かいるのか?
私は気になったが、覗き見するのは気がひけたので、とりあえず近くにあったソファーに腰掛けた。
奥で話し声が聞こえる。
ふぅ…。
校内を歩き回ったのでさすがに疲れてしまった。
保健室には大抵健康に関するポスターが掲示されている。
内容は虫歯や歯周病、そろそろ流行り始める風邪などの予防策だ。
このポスター、案外馬鹿には出来ない。
小学生に分かるようにしているのだが、内容は結構濃かったりする。
ソファからそれを眺めていると思ったよりも時間を潰せた。
「ごめんなさいね。」
気づけば2人の会話は終わっていた。
笑いながらカーテンから出てきたのは保健室の担当、鹿嶋先生だ。
「あら、どうしたの。授業に出なくてもいいの?」
「泰子ちゃんが行きそうな場所、知りませんか?」
「泰子ちゃん?」
「はい、2組の保坂泰子ちゃんです。」
一瞬沈黙。
「先に事情から説明してくれないと話せるものも話せないわよ……」
鹿嶋先生は持っていた聴診器をグルングルンと回し、ため息をついた。
私は一通りの経緯を簡単に説明した。
とは言っても、会っただけなのだからどこにも難しいところなんてなかった。
「で、他に何かなかった?」
「他にって、何がですか?」
鹿嶋先生は相変わらず聴診器をグルングルン回している。
しかし、声は怖いくらい真剣だった。
けど、私の記憶している限りのことは全部話したつもりだ。
そのことを察してなのか、鹿嶋先生もそれ以上は訊いてこなかった。
「泰子ちゃん、真面目な子だからもう戻ってると思うわ。」
時計を見るとすでに授業開始から25分が経過しようとしていた。
さすがにこれだけ遅刻したら怒られるな。
「泰子ちゃんは怪我してるんでしょ?あとで連れて来て。」
先生は静かに聴診器を机に置いた。
「ここにいる間はあなたたちは先生なの。子供たちには優しくしないと駄目よ。」
「はい、分かりました。」
「よろしい。とりあえずあなたも早く戻りなさい。」
鹿嶋先生の真剣な表情は話しが終わったあとも続いていた。


私は保健室を出ると、6年2組の教室へ急いだ。
しかし、教室のドアの前に立った時、重大なことに気が付いた。
何と言って入っていけばいいのだろう……
ここで、いきなり入っていくのはあまりにも不自然だ。
授業中に入っていくのはやめよう……
何も授業中に入っていって生徒に不信感を与える必要はない。
どのみち怒られるのは授業が終わった後なのだ。
そう思って職員室に戻ろうとした時、ドアについている小さな窓越しに、ポツンと1つ空いている席をみつけた。
まさか……
必死で座席順を思い浮かべてみる。
間違いない。
その席は保坂泰子の席だった。
つまりはまだ戻っていないということになる。
どうして……
保健の鹿嶋先生の話では真面目な子だからもう戻っているだろうとのことだった。
しかし、そこに泰子の姿はなかった。
彼女は今どこにいるのだろう……
きっと彼女は落ち込んでいるはずだ。
落ち込んだ時行きたくなる場所と言えば……
そこに思い至ったとき、私の脳裏をよぎる場所があった。
屋上!!
何でこんなことに気付かなかったのだろう。
落ち込んでいた自分が真っ先に向かったのも屋上だった。
青い空を見上げれば、少しは心が晴れるような気がしていたではないか。
そして、私は思い出した。
屋上にはさらに上があることを。


屋上の出入り口の上、言ってみれば屋根のような部分には鉄製の梯子で上ることができる。
もちろん危険なので普段上ることは固く禁じられているが、そのせいで見つかりにくい場所でもある。
私はその梯子を上り始めた。
私がてっぺんから顔をのぞかせた時、彼女はちょこんと座って遠くを見つめていた。
私が体半分くらい出したところで、泰子はようやく私に気付き、驚きの表情を見せた。
「せ、先生……」
そして、次の瞬間さっと立ち上がってぺこりと頭をさげた。
「ご、ごめんなさい。授業さぼっちゃって……あと、ここも上っちゃいけないのに……」
本当に真面目な子なんだなと私は思った。
「はい、これ。」
私はさっき拾ったハンカチをさしだした。
「あ、ありがとうございます……」
「よいしょっと。」
大げさに声を出しながら私はその場に座り込んだ。
「ちょっと座って話さない?どうせ授業時間も半分以上過ぎちゃってるし。」
「は、はい……」
怪訝そうな顔をしながらも泰子は素直に座った。
自分から話そうといっておきながら、何から話そうか私は迷った。
何の気なしに彼女に目をやると、腕のあたりに血のかたまりが見えた。
「怪我は大丈夫かい?」
「あ、はい……もう固まったみたいですから。」
自分なりにすんなり会話が始められたことに私は満足した。
「そう、保健の先生が心配してたよ。あとで連れてこいって。」
「鹿嶋先生……ですか……」
彼女の表情が急に曇ったような気がした。
「どうかした?」
「いえ……あの……」
何やら言いにくそうにしていた泰子だったが、しまいには小さな声でこう言った。
「あたし、あんまり鹿嶋先生好きじゃないんです……」
「えっ?」
「鹿嶋先生っていつも冷たい目をしてるから……」
鹿嶋先生の真剣な表情が、この子には『冷たい』というふうにうつったのかもしれない。
「そうかい?そんなことないと思うけど……」
私はフォローをいれたが、泰子は黙っていた。
黙り込まれてしまうと人見知りをする私には、適当な会話をして場をなごませるということができなかった。
沈黙に堪えきれず、私はいきなり本題に入った。
「何かあったの?」
「え?」
「いや、服が汚れてるし……それに怪我してるじゃない?」
「……」
泰子はまた黙りこんでしまった。
どうしたら話してくれるだろう……
自分でも何故だかわからないが、私はこの子を救いたくなっていた。
さっきまで自分が救って欲しかったからかもしれない。
そう思った瞬間、私は話し始めていた。
「オレさ、実はすごく人見知りが激しいんだ。生徒の一人一人にまで警戒しちゃってさ。おとといなんて頭痛くなっちゃったし……」
泰子は黙って聞いていた。
「それでさ、さっきの休み時間も逃げるように屋上に来たんだ。あんまり人のいない所に行きたかったし、それに、晴れた空を見あげたら、少しは気持ちが晴れるかなって思って。でもダメだった。こんなに透き通るような青い空なのに、オレの心を全然癒してくれなかった。」
私は一度大きく息を吸って吐き出した。
泰子は私のほうをじっと見ていた。
共感してくれているのだろうか。
「でもね、今すごく気持ちが楽になった。泰子ちゃんのおかげだよ。」
そう言うと泰子は驚いた顔になった。
「あたし、何にもしてない。」
私は首をふった。
「オレの隣で黙って話聞いてくれたじゃない。空を眺めるよりずっとずっとオレの心は癒されたよ。ありがとう。」
「そんな……」
本心だった。
最初は自分のことを話せば少しは話しやすくなるかなという程度に思ってのことだったが、実際に今、私の心は軽くなっていた。
「泰子ちゃんも話してみる気ない?オレが力になれるかどうかわからないけど、誰かに聞いてもらうだけでだいぶ違うよ?オレのこと聞いてくれたお返しに、黙って聞いててあげるから。」
泰子は迷っているようだった。
しばらく沈黙が続いた。
口を開きかけたが、すぐ下を向いて口をつむいでしまう。
どうやら言いにくいことらしい。
私は胸ポケットから煙草の箱を取り出し、ポンポンとたたいて一本取り出し、100円ライターで火をつけた。
この重い沈黙に耐えられずに吸ったので、なおさらおいしくはなかった。
すぅ〜っと肺いっぱいに吸い込み、ふぅ〜っと吐き出す。
白い煙が浮かんでいき、消えていく。
(どうしよう…)
彼女の姿を見れば、いじめられたのだとすぐわかる。
この年頃は、そういうことを他人に相談しにくいのだろうか。
それとも何か別の理由が…。
一人で考えていると、彼女は急にすっと立ち上がった。
「どうしたの?あ、煙草の煙が嫌だった?ごめんね」
そう言って煙草を消そうとすると彼女は頭を横に振った。
「…ごめんなさい!」
彼女は一言だけそう言うと、梯子を降りて校舎の中に入っていった。
「えっ?あ、ちょっと…!」
私が制止するのも聞かず、行ってしまった。
訳もわからず、私はその場に立ち尽くしてしまった。


明日の予定を新谷先生から聞くと生徒達は一斉に教室を後にした。
ほっと一息が口から出た。今日もなんとか終了した。
まあ終了と言っても仕事はある。
放課後は数名の先生方々と私たち教育実習生による簡単な会議がある。
簡単なものであるので形式ばったものではない。今日の復習、及び明日の私たちの予定決定だ。
とりあえず最初は私への厳重注意だった。
折角の大切な実習をサボるというのは言語道断である。
本当に教師になる気持ちがあるのかと、強く一人一人から念入りに言われた。
色々と友人の意見を聴き、箇条書きでメモしていく。
担当の先生によって授業の内容が全くと言うほど違っている。
今日のうちのクラスはこれといったことはなかった。
これといったこと、と言っても他のクラスからすれば普段が異常だ。
新谷先生は国語科を専攻しているので黒板に書く量が半端ではない。
黒板全体を授業中に5〜6回消すのは当たり前。
生徒のノートは半年で4冊目に入ったらしい。
ちなみに私もメモだけでかなりの量を書いている。
隣の1組は珍しくプリントを使わずにノートを使ったらしい。
いつもはプリントの山だからな。
2年生は全員に作文を書かせたのか。
最近の傾向である日本語能力の低下を防ぐために行ったらしい。
なんか……昨日みたテレビにそんな特集やってたような……。
と。
今日はこのくらいかな。
帰り道、私は泰子ちゃんのことを考えていた。
教室へ戻ったときには、彼女すでに早退していた。
新谷先生からこの事を聞かされた時、胸を痛めた。
無理に追求してしまったのが失敗だったのかな……。
だけど、今はこの考えよりも大きなものが私にはあった。
新谷先生は彼女に関して完全に問題視していなかったことだ。
それはサボった授業が終わったあとのことだった。
「どうして授業をサボったのかね?」
「すいません、保坂さんのことで……。」
「それよりも、そんなことで貴重な時間を潰す暇があるのですか?」
「そ、そんなことって……それは酷すぎるでしょう。仮にも教え子ですよ。」
「それがどうかしましたか?」
「なっ…………早退を聞いた時、保坂さんの姿、見たんですか?」
あまりにも意外すぎる言葉に拳に力が入った。
「服が汚れてましたが、派手に転んだんでしょうな。」
新谷先生は笑いながら言った。
私は一体誰と話をしているのかが分からなくなった。
この『笑う』という動作、一体誰に対しての行為なのだろうか。
「とにかく、これからは絶対にサボらないように。」
『とにかく』で終わる問題なのか?
転がっている空き缶を思いっきり蹴る。
明日は彼女は来ないかもしれない。来たとしても逃げられるかもしれない。
私は学校に行くしかない。
私が教育実習をしていられる期間内には、せめて『ごめんなさい』の意味を聞きたい。
何かの予兆なのか、空き缶がゴミ入れに綺麗に入った。


まっすぐ帰ろうかとも思ったが、近くの居酒屋で一杯ひっかけていくことにした。
ついこの間、教育実習生たちで集まって飲んだ店だ。
私は中学のとき引っ越してこの街をあとにした。
今回の実習で久しぶりにこの地に足を踏み入れ、街の外観がかなり変わっていることに驚いた。
そんなわけで知っている居酒屋はそこしかなかったのだ。
そこそこ雰囲気は良い店だ。
考え事をしながらぼんやりと飲んでいると意外にも時間はあっという間に過ぎた。
私が入った時は客もまばらだったのだが、ふと気付いた時にはほとんど満席状態だった。
たいしたものも注文せずに長く居座ってしまい、店側からすれば、かなり嫌な客だっただろう。
私は勘定をすませ、店の外に出た。
外は真っ暗、そして寒かった。
夏に熱帯夜だなんだと騒いでいたのが嘘のようだ。
ほろ酔い気分の私であったが、一気に酔いがさめた気がして、ポケットに手を突っ込み足早に我が家にむかった。
しばらく歩いた後、私の前を小さな女の子が歩いているのに気がついた。
私の方が歩くスピードが速いので、自然と距離がつまっていった。
こんな小さな女の子がこんな夜中に1人で歩くのは危ないんじゃ……
そんなことを考えながら後ろから追い抜こうとした瞬間、女の子が私の方をちらっと見た。
「あっ!!」
私は思わず声をあげてしまった。
むこうも驚いたらしく、ちっちゃな目をまんまるにしていた。
「せ、先生!?」
そう、その女の子は保坂泰子、彼女だった。
暗かったせいか、すれ違うまで全くわからなかった。
「こんな時間に何してるんだい?」
「……塾の帰りです。」
「そっか…でも、もっと明るい道を通ったほうがいいんじゃないか?」
「あっ、いつもは大通りを通って帰るんですけど、今日はたまたまお買い物してきたから。」
そう言われてみれば、彼女は身体に似合わないくらいの大きな買い物袋をさげていた。
「お家の人に言われたのかい?」
だとしたらとんでもない親だ、と思いながら私は聞いた。
しかし彼女は首を振った。
「いえ、父には塾が終わったらまっすぐ帰ってこいっていつも言われてます。でも今日は出張でいないから。」
「お母さんは?」
「母は事故で亡くなりました。」
「えっ?そっか、ゴメン……」
「平気です。」
とは言ったものの彼女は少し寂しそうな顔をした。
亡くなったのはそれほど昔のことではないのかもしれない。
「家近いの?」
「え?あ、はい。」
「じゃあ、送ってくよ。それ、持つよ。」
そう言って私は買い物袋に手をのばした。
「えっ?そんな、いいです。1人で帰れますから。」
「じゃあ明日お父さんに、泰子ちゃんは寄り道して帰る悪い子ですよ〜って、ばらしちゃおっかな〜。」
「え〜それは……困ります……」
「じゃあ貸して。」
「はい……」
私にこんな軽い会話ができたのは、やはりまだアルコールが残っていたせいかもしれない。
何にしても私は泰子を家まで送っていくことになった。
私は泰子ちゃんから買い物袋を受け取ると、彼女と並んで歩きはじめた。
「ところで泰子ちゃんはどこに住んでいるの?」
「・・・向こうにあるあの角のコンビニの横にあるアパートです。」
「へぇ〜、じゃあオレの家の近くだね。オレの家はこの道をまっすぐ行ったところのアパートだよ。」
「えっ?そうなんですか?本当に近いですね。」
そんなことを話しながら歩いていると、私はふと彼女が笑顔で話しているのに気付いた。
その笑顔は昼間の彼女からは想像できないくらい輝いて見えた。
考えてみると彼女の笑顔を見るのははじめてだった。
こんな良い表情ができるのになぜ…。
(今ならいろいろと聞き出せるかも…)
そう思った私はすぐに切り出そうとした。
「泰子ちゃん、あのさ…。」
「なに?」
「…いや、なんでもないよ。」
彼女は少し首を傾げた。
私は切り出すことができなかった。
今昼間のことを切り出せば、きっと彼女の笑顔は消えてしまうだろう。
もう少し彼女の笑顔を見ていたいという衝動に駆られ、結局聞き出すことはできなかった。
しかし…。
このままでは問題は解決しない。
どうしたものか…。
「…せい?先生!?」
私は彼女の声で我にかえった。
どうやらいつもの私の癖で、黙って考え込んでしまっていたようだ。
「どうしたの、先生?お腹でも痛いの?」
「いや、なんでもないよ。ちょっと考え事していただけ。」
「そっかぁ。良かった。」
彼女は不安そうな顔をしていたが、すぐにまた笑顔に戻った。
「それじゃあ私こっちなので。」
気がつくと、すでに彼女の家の横のコンビニについていた。
「さようなら先生。また明日。」
そういうと彼女は私から買い物袋を受け取って、小走りにアパートの中へ入っていった。
結局聞き出すことはできなかった…。
聞けばよかったかもと、少し後悔の念を引きずりながら私は自分の家路についた。


「はあっ、はあっ……」
呼吸を乱しながら私は職員室に駆け込んだ。
7時50分。まさか寝坊するなんて……。
荷物をソファの上に置き、走って職員室をあとにする。
教員用の靴箱で靴を履き替え、傘を持って外へ出た。
雨がぽつぽつと降っている。
登校してくる生徒たちに挨拶をしながら正門へとたどり着いた。
正門にはすでに先生方々と私と同じ教育実習生の青木がいた。
「お、おはよう……ございます。」
「おはよう。」
「おはようございます。」
挨拶をすると挨拶が返ってきた。
遅刻のことはあとにして、息を整える。私はやってくる生徒たちに挨拶を始めた。
「おはよう」
「あ、おはようございます。」
「おはようございま〜す。」
次々と挨拶が元気よく返ってくる。
私も負けじと声を大きくして『おはよう』の一言を返す。
出席を取るのは8時5分。
登校する生徒たちの量がピークに達するのは私が来たこの時間帯だ。
正門で『おはよう』の一言が飛び交う。
1日の始まりは挨拶から。だから朝の挨拶を大切にしよう。
この学校に昔からある伝統らしい。
初めはやっぱり緊張をした。本当に挨拶をしても返ってくるのか、喜ばれるのか。
だけど、挨拶が返ってきたときは自分からしておいてなんだか恥ずかしかった。
今はもう少しなれ、あまり緊張することなく自然体での挨拶ができる。
「そろそろ戻りましょう。」
ピークが過ぎたようだ。登校する生徒の数は一気に少なくなった。
本来なら8時5分のギリギリまで居たいところだけど、私たちにも準備がある。
そろそろ帰ろうかと踏み切るところでだった。
私の目に泰子ちゃんの姿が映った。
このとき何故だか肩の力が抜けたような気がした。
「泰子ちゃん、おはよう。」
「先生、おはようございます。」
きちんとお辞儀までして挨拶をしてくれた。
私は泰子ちゃんに言うことがあった。
目的地は違うが途中まで一緒に行くことになった。
「あの……泰子ちゃん。昨日はごめんね。」
「えっ?」
「昨日、少しお酒飲んでてね。何か変なこと言わなかったかなぁって。」
私は苦笑いしながら反応を待った。
すると泰子ちゃんはクスクスっと笑って言った。
「はい、何も言ってませんでした。」
「よかった。お酒弱いから、変なこと言っちゃったかも……って昨日眠れなかったんだよ。」
「そうなんですか?」
「うん。あ、職員室はあっちだから、またあとで、ね。」
私は軽く手を振って泰子ちゃんと別れた。
静かに降っていた雨がだんだんと激しさを増してきた。
空を見上げると灰色の乱層雲が覆っていた。
私の今の内心はほっとしている。
昨日泰子ちゃんと別れる時。
『さようなら先生。また明日。』
彼女は私にこう言ってくれた。
昨日眠れなかったのは変なことを言ってしまったかもということではない。
本当に『また明日』なのかがとても心配だったからだ。
昨日、もしいじめられていたのなら今日の登校はないかもしれないと思っていた。
でも……来てくれてよかった。
音が強くなる雨。
今日の6時間目の体育は中止になりそうだな。


結局、その日1日雨がやむことはなかった。
かなり激しい雨だったので、生徒たちには早めに家に帰るようにとの指導があった。
私は、先生たちとのミーティングが終わると、いつものように職員用の玄関にむかった。
職員用の玄関は生徒用玄関のむこうにある。
私は普段どおり通り過ぎようとしたが、1人の少女が目に付いた。
泰子だ。
彼女は降りしきる雨を見上げていた。
何故か彼女とはよく会う気がする。
気にかけているせいで目に付くのかもしれないが……
「泰子ちゃん?」
私が声をかけると彼女はビクッとして振り向いた。
「せ、先生!?」
なんだか少し落ち着かない感じだ。
「どうしたの?帰らないの?」
もう外はだいぶ暗くなっていて、生徒の姿もほとんどない。
「あ、す、すぐに帰ります。」
その時私は気がついた。
彼女の手には傘が握られていない。
朝はピンクのかわいい傘をさしていたのに……
「泰子ちゃん、傘は?」
「え、あ、あの……誰かが間違えてもってっちゃったみたいで……」
「そう……」
私は別の可能性を考えずにはいられなかったが、それをここで口にだすようなことはしなかった。
「それじゃあ、家まで送ってくよ。」
「えっ?そ、そんな、いいです。」
「ハハハ。こんなやりとり昨日もしたね。」
「そういえばそうですね。」
そう言って泰子はにっこり笑った。


1つの傘に2人で入りながら、私たちは昨日と同じ道を歩いた。
「先生、傘、もう少したててもいいですよ。」
「ん?」
身長に差があるので、泰子を濡れないようにするためにだいぶ傘を倒していたのだ。
「そっちの肩が濡れてます。」
彼女は目ざとく見つけてそう言った。
「大丈夫だよ。」
「大丈夫じゃないです。私のほうが入れてもらってるんですから。」
「優しいんだね、泰子ちゃんは。」
「そ、そんなことないです。当然のことを言っただけです。」
そう言いながらも彼女の頬は少し赤くなっていた。


「ありがとうございました。」
彼女は玄関口で丁寧に頭を下げた。
「それじゃあ、また明日ね。」
そう言って私は立ち去ろうとしたが、
「あっ、待って下さい、先生。えっと……その……少しあがっていきませんか?送ってもらったお礼もしたいし……」
「えっ?そうだな……」
かなり意表をつかれて私が即答できずにいると、
「お願いします!!」
何故か彼女は頭をさげた。
「あ、ああ、それじゃ、お言葉に甘えちゃおっかな。」
彼女はふぅ〜と一息ついてから、言った。
「それじゃあ、どうぞ。」
家の中は、お母さんがいないとはとても思えないくらい綺麗にかたづいていた。
オレの部屋とは大違いだ……
そんなことを考えて私は1人苦笑してしまった。
「どうぞ、座っててください。あ、それと、上着脱いでくださいね。乾かしますから。」
「ああ、ありがとう。」
彼女はてきぱきと動き回り、やがてお茶をもってきた。
「へ〜これだけできればお父さんも安心だな。」
「このくらいは誰でもできますよ。」
ちょっと照れたそぶりをみせながら泰子は言った。
その後、軽い世間話をしていたが、次第に話もとぎれだした。
「あっ、お茶のおかわりもってきますね。」
私は何度か席を立とうとしたのだが、その度に彼女はお茶をいれかえにいく。
それを何度か繰り返しているうちに気付いたのだが、彼女はたまに大きめに息を吸う時がある。
しばらくすると吐き出すのだが、その時少し悲しげな顔をする。
ひょっとしたら何か言いたいことがあるのかもしれない。
それを言いたいがために私を引き止めているのではないか。
そのことに気付いてから私はお茶を飲むペースを緩めた。
それまでは手持ちぶさたでついつい飲んでしまっていたが、泰子に決心する時間を与えようと思ったのだ。
しばらくの間、泰子はうつむきかげんに座っていた。


いろいろと考えていると、昨夜のことが思い出された。
こうして考えてしまったから、結局聞きそびれてしまったのだ。
このままではまた聞きそびれてしまうのではないか。
そう思った私は泰子ちゃんに聞いてみることにした。
泰子ちゃんはまた大きく息を吸っていた。
「ねぇ、泰子ちゃん」
「はい!?」
泰子ちゃんは急に声をかけられてびっくりしたようだ。
目を大きく開いて私の方に顔をむけた。

「あの時の事をきいてもいいかな・・・?」
「あの時・・・?」
彼女はきょとんとした表情で少し首を傾げた。
「ほら、屋上で話をした日のことさ。」
「あ・・・。」
ようやく気がついたようだ。
では今彼女が話そうとしていたことは何なのだろう?
とりあえず、私はあの時のことを聞くことにした。
「あの日は・・・、友達と喧嘩したんです。」
「喧嘩?泰子ちゃんおとなしそうに見えるのに・・・。」
「はい。あまりにも頭にきたので・・・。」
泰子ちゃんは見た目もそうだが、とてもおとなしくやさしい子である。
あの日は彼女の服が汚れていたし、怪我もしていた。
取っ組み合いの喧嘩でもしない限りあんな状態になるわけがない。
「何がそんなに頭にきたの?」
「・・・。」
彼女はだまって下を向いてしまった。
聞いてはいけないことだったのだろうか?
「あ、あの、話したくないなら無理に話さなくてもいいよ。強制してるわけじゃないから。」
そういうと彼女は首を振り、再び顔をあげた。
彼女の目には何か強い意志を感じられる。
「話すと少し長くなるのですが、時間はいいですか、先生?」
「あ、あぁ。べつにかまわないよ。」
そして彼女は小さな声で話し始めた。
前に私の両親のことを話しましたよね。
あのときお母さんが事故で死んでしまったといいましたが、あれ、嘘なんです。
私のお母さんは、私が物心ついたときにはすでに居ませんでした。
お父さんに聞くといつも「お母さんは事故で死んだんだ」って言うんです。
私はそういい聞かされていたから、お母さんはずっと事故で死んだものだと思ってました。
でも・・・。

お母さん―――生きてたんです―――

生きてたと知るまでも、それまでずっと生きててほしいなって……思ってました。
でもそれは本当に小さなものでした。
お父さんが亡くなったと言ってるのなら、そう信じるしかなかったんです。
でも、やっぱり淋しかったです。
他のみんなはちゃんといるのに、私だけがいないんです。
考えないように考えないようにしたけれど、やっぱり寂しさは紛らわせれませんでした。
そんなときでした。お父さんが再婚をするということを聞いたのは。
新しくお母さんとなる人を、お父さんから紹介された日の夜、私はお父さんに話されたんです。
今まではほとんど話してくれなかった本当のお母さんのこと。
嘘をついてごめん、と優しく謝ってくれました。
離婚した原因も話してくれましたが、私は泣くのに夢中でした。
とても……とても嬉しかった。
お父さんは私に笑って言いました。泣き虫なところがそっくりだって。
でも……私は喜びすぎたのかもしれません。
私が妙に喜んでるのが嫌だと、日野さん達が言ってきたんです。
普段はとても良い人の日野さんが……戸惑いました。
それからなんです……。
何もしていないのにクスクス笑われたり、文句を言われ始めたのは。
それは頑張って気にしないようにしていました。
けど、悪戯はどんどん悪くなっていきました。新谷先生に相談しても何もしてくれませんでした。
私は怖くなりました。誰も助けてくれないんじゃないかって。
ただの悪口なら平気でした。でも、お母さんの悪口だけは許せませんでした。


「泰子ちゃん……ありがとう。」
「はい……」
泰子ちゃんは泣いていた。今までのいじめがとても辛かったんだろう。
「少し……楽になったかな?」
静かに頷いた。私は立ち上がる。
「泰子ちゃん、まだ……まだ、ただの教育実習生だけど、悩みがあれば……何でも言って。」
「・・・・・」
「心配しないで。僕がこの学校にいる間になんとかしてみせるから。」
「えっ……。」
泰子ちゃんの瞳が私を見る。私は軽く首を縦に振った。
「全部とは言わないけど……時間の許す限り、出来ることの全部をしてみるよ。」
一体何から始めればこの事件を解決できるのかは今は予想できない。
日野さん達に直接言うべきなのか、新谷先生にどうにかしてもらうのか。
今判断すれば、この2つじゃない気がする。だったら他にどんな方法があるだろうか?
教育実習の期間は短い。その間に出来ることと言えばたかが知れている。
………………あるじゃないか。教育実習における最大の難関。
一体何にしようかと困っていたが、どうもこれに決定らしい。
家に帰って急いで日程表を見る。ちょうど2週間後の6時間目、私の授業がある。
さてと、科目はこれに決まりだ。私が使った昔の教科書を棚から引っ張り出す。
道徳の授業なんて何年ぶりだろうな……。


私はこの授業のために一生懸命準備し、一生懸命授業をしたつもりだった。
しかし、クラスの反応は良くなかった。
授業中は、退屈そうにしている生徒がほとんどだった。
道徳の授業なんてそんなものかもしれない。
他の実習生たちは無難に算数や社会といった科目を選んだ。
そして、それなりに先生方の評価は高い。
当然だ。
答えの決まっている科目なのだから。
私が道徳の授業をやると言った時、他の実習生たちには、バカか?、とまで言われた。
それでも私は道徳を選んだ。
自分が泰子ちゃんを救ってあげたい、その一心からだった。
しかし、それはうぬぼれだったのかもしれない。
自分の無力さにうちひしがれ、その日は眠れない夜を過ごした。


次の日の朝、私はかなり早く家を出た。
ほとんど眠ることのできなかった私は、あまりグズグズしていると知らない間に寝てしまうかもしれないと思ったのだ。
重い足どりで私は学校へとむかった。
すると校門の前に女の子が1人たたずんでいた。
どうして……
泰子ちゃんだった。
何故彼女はこんな早い時間に、こんなところにいるのだろう。
「あっ、先生。」
泰子ちゃんは立ち尽くす私に気付き、駆け寄ってきた。
「おはようございます。早いんですね?」
「あ、ああ……おはよう。」
ぎこちなくあいさつを交わした後、私は……
「泰子ちゃん、オレ……」
「屋上に来てくれませんか?」
「えっ?」
私の話を制するように泰子ちゃんは口を開いた。
「あ、ああ……それはかまわないけど……」
「じゃあ、待ってますね。」
そういって泰子ちゃんは校内に走っていってしまった。


職員室に荷物を置き、私は言われるままに屋上へとむかった。
まだ時間が早すぎるため、生徒の姿はほとんどない。
屋上には誰もいなかった。
私は迷わず鉄製の梯子を登った。
そう、あの立ち入り禁止の場所へと行くために。
泰子ちゃんは以前のようにちょこんと座って遠くをみつめていた。
いつかの空のように今日の空も透き通るように青かった。
私に気がつくと、泰子ちゃんは小さく謝った。
「ごめんなさい、またここに登っちゃって。でもどうしてもここでお話したかったんです。それにここなら誰かに邪魔されることもないと思って。」
「いいさ。この時間ならバレることもないだろうし。」
私はいたずらっぽく笑ってみせた。
泰子ちゃんも安心したように微笑み返し、そしてしゃべりだした。
「あたしね、とってもうれしかったんです。昨日の授業、あたしのためにしてくれたんですよね?」
「ああ……でも、みんな退屈そうだった……ゴメン……オレの力が足りなくて……『なんとかしてみせる』なんて言っておいて……オレは……」
泰子ちゃんは静かに首を振った。
「そんなことないです。先生、ホントに一生懸命でした。あたしホントにうれしかったんです。先生に声をかけてもらうまで、あたし、ひとりぼっちでした。お父さんは出張でよく家をあけてたし。あたしなんて、いてもいなくても変わらないんじゃないかって、そんなふうに思ってました。」
そこで泰子ちゃんは私のほうに視線をよこした。
「でも、先生はあたしがいなくなった時、あたしを見つけてくれましたよね、この場所で。あの時、あたしのことを心配してくれる人もいるんだって思えて、すごくうれしかったんです。」
「泰子ちゃん……」
「その後もずっとあたしのことを気にかけてくれてた。あたしなんかのお話を真剣に聞いてくれた。だから、もう大丈夫です。もうすぐ先生がいなくなっちゃうのは寂しいけど、この世界のどこかにあたしのことを想ってくれている人が1人でもいるのなら、あたしがんばれます。」
そして、泰子ちゃんは私から目をそらし、少し遠い目をした。
「それに……あたしね、いつかお母さんに会いたいんです。その時、『あたしを産んでくれてありがとう』って、『生まれてきて本当に良かった』って、言ってあげたいって思ったんです。だからあたし、がんばって生きます。」
強いな……
私は思った。
小さいながらに苦労を重ねてきたせいかもしれない。
父子家庭……いじめ……そして、これからは血のつながっていない母と生活しなければならない。
私は恥ずかしかった。
こんな小さな子がこんなに大きな悩みを抱えて、それでも強く生きようとしている。
私の悩みなど泰子ちゃんの悩みにくらべたらちっぽけなものだ。
人見知りが激しいだなんて、結局自分に自信がないことのいいわけなんじゃないか。
自分が努力していないから、よく生きていないから自分に自信がもてない。
ただそれだけのことだ。
自分の力でどうにでもなる。
私は、いつかクラス全員の心を動かすような授業のできる教師になりたい、そう思った。
そして、そんな教師になれたら、いやそんな教師になるために努力している自分を感じることができたら、きっと人見知りなんてしなくなっているだろう。
そこまで考えた時、私はふと空がとても青いことに気がついた。
そして、この透き通るような青い空のように、自分の心が晴れ渡っていることにも。
「ありがとう、泰子ちゃん。」
「えっ?お礼を言うのはあたしのほうですよ。ホントにありがとうございました。」
私も泰子ちゃんも笑顔だった。
「そろそろ中に入ろっか。」
「はい。」
残りわずかな実習期間、精一杯がんばろうと私は思った。
そして、自分は教師としてやっていける、何故だかそんな気がしていた。
私はもう一度心の中でお礼を言った。
ありがとう、泰子ちゃん。






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