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半人前探偵 二番目の事件 (一番目はくだらなすぎて御蔵)



       一
七月九日 午前九時 会部(カイベ)町埠頭 

 「うひょー、でっかい船だなー」
船を見るなり手を叩いて感激しているのは星津(ホシヅ )晃(アキラ)、探偵である。彼は22歳、彼の仕事場である輪堂探偵事務所にも、横にいる相方の玄牟(クロム)恭(キョウ)介(スケ)との仕事にも―このシリーズの読者なら知っているだろうが、二人は謎の事件に巻き込まれることもあるのだ―慣れてきた。二人は、なんでもまるで正反対で、星津は大柄で力持ち――頭はそうよくない――玄牟は小柄で秀才タイプの男である。だから周りからは、
「二人合わせてやっと一人前だ」
と言われ、仕事は必ず一緒、ということになっているのである。
今日、この会部町埠頭にいるのも、浮気の調査をしていたらここにたどり着いた、とかそういったわけではなく、ちゃんとした依頼なのである。しかし、
「依頼主とはいったいどんな人なんでしょうね、金と集合時刻だけ送ってくるなんて」
「おーい、そこの君たち」
息を切らしながら走ってきたのはスーツを着込んだ中年の男で、こっちに来てからもしきりにハンカチで汗を拭いている。そして、いきなり星津と玄牟の肩をバンバン叩いて、
「中野課長から聞いとるだろう。私が依頼主の代田だ。よろしくな」
「あ、依頼主さんでしたか、よろしくお願いします。玄牟といいます。」
「とりあえず話がしたい。では、ついてきてくれ。」
と、目の前にあった特大サイズの船の中に乗り込んでいく。
「ぼくも乗れるんですか?」
「ああ。早く乗ってくれ。ほんの三日程度じゃ船酔いをせんだろう。」
「あの…三日というのはどういうことです?」
「今から中国へ旅行をするんだ。そこで、旅行中、君たちにはボディーガードをしてほしい。周りには秘書ということにしてほしい。詳しい話は後で話す。」
「でも僕らは準備なんてしていませんよ」
「大丈夫だ。係りの者に言いつけてある。」
と、船に乗り込んでしまう。
「あ、待ってください!」
と二人も駈け出して行ったのだった。
      二

七月九日 午前十時 船内

「ここが私の部屋だ。そして隣が君たちの部屋だ。」
「はぁ…わかりました。そしてここから右がトイレで、左が食堂と甲板ですね」
「違う。逆だ。」
さっきから一度にたくさんのことを説明されるので、星津には覚えきれないのである。
「何かあったらこのベルで係を呼んでくれ。すぐ来る。」
と、一通りの説明があった後、
「それでは本題に入ろう。私は殺されるかもしれんのだ。」
「殺される…とおっしゃいますと、ナイフで刺されたりするあれのことですか?」
「ああ。それ以外に何がある。」
「でも、なぜそう思うんですか?」
「じつは、こんな手紙が届いた。」
ポケットから折りたたまれた紙を取り出すと、広げて中を読んだ。
「死の招待状 殺しテやル オもてナし」
明らかに殺人予告だ。新聞紙を切り抜いて作っていて、結構手が込んでいる。
「この、《オもてナし》というのは何ですか?」
「これは私たち沖矢財閥の合言葉みたいなものだ。つまり、これを送り付けたのは沖矢の人間ってことだな。」
「沖矢財閥って、建築業とかやってる、あれですか!」
「ああそうだ。よく知ってるな。」
「一度建築家になろうと思ってたんです。力仕事は得意なんで。」
「じゃ、ボディーガードには向いとるな。」
「ってことは、これはもしかして、沖矢財閥の社員旅行ですか?」
「といっても社員全員ではなく、重役だけを集めた重役会議を兼ねた中国旅行なんだ。」
「仕事の話に戻らせていただきます。この手紙を送る容疑者はいますか?」
「沖矢財閥の人間なら全員だ。権力争いや派閥争いが渦を巻いているからな。特に、次期会長の座は狙われている。」
「主に何をすればいいですか?」
「私の身辺を警護してくれれば大丈夫だ。頑張ってくれ。そろそろ昼食だ。一度部屋に戻って部屋に置いてあるスーツに着替えて待っていてくれ。時間が来たら係が呼びに来るだろう」
玄牟は、星津が
「昼食も得意です!」
と言いかねないのを見て、あわてて星津を引っ張り出して、部屋に戻ったのだった。
     三
 
七月九日 正午 食堂

「それにしても、不思議な人たちですねぇ」
と、星津はあたりをきょろきょろしながらつぶやいている。食堂は、沖矢財閥の人間でにぎわっていた。
「にしても、金持ちには変わり者が多いですね」
「ああ。そこの人なんか見ろよ、ヤクザが使ってそうなでかい初期型携帯電話いまだに使ってる」
「そっちの人もですね。衛星電話をカセットテープで録音していますよ」
「名前は…千田に藤森ですね。」
「おいおい、あの二人は確かに変わり者だが沖矢財閥でも結構な重役だぞ。できるだけ愛想よく頼む。」
「きゃーー!」
別に星津や玄牟が声を上げたわけではなかった。どうも倉庫のほうかららしい。
「おい、お前は会場を落ち着かせて一人も外に出すな。俺は甲板に行ってくる。」
星津と代田に玄牟は倉庫に行った。そこには、胸を拳銃で撃ち抜かれた死体と、女―乗組員らしい―がいた。
「大丈夫ですか!返事をしてください!」
守手愛―ネームプレートにはそう書いてあった―は、ゆっくり目を開けると、
「そこに死体が…」
と言ってまた気絶してしまった。玄牟は守手を端に寝かせると、食堂のほうへと駈け出して行った。


    四

 七月九日 午後二時 食堂 
 
「これで全員がそろいましたね」
死体発見の後、玄牟と星津は騒ぎを何とか抑え込んで全員を集め、とりあえず日本に戻ることにしたのであった。
「その前に君は何者だね?偉そうなことを言っているが刑事なのかね?」
「いいえ。私たちは探偵です。とある依頼を受けてここにいました。」
「探偵?さては跡継ぎのことを探りに来たんじゃないのか?」
「とにかく今から死体確認を行わせてもらいます。血が苦手ではなく、ここの人に詳しい方はいますか?」
千田が手を挙げて、「それでは私が行こう。」
千田を引き連れ、倉庫に行くと、千田は頭を抱えて、「沖矢会長ではないか!」
と叫び―あとは何を言っているのか聞き取れなかった―ふらふらと食堂に戻っていった。
玄牟も食堂に戻ると、すでに千田が話を広めていたようで、
「次の会長はだれにするか」
の話が始まっていた。
「状況からしてこれは殺人事件のようです。この中に動機のある方はいませんか」
「動機がある人なんて全員さ、みんなで会長の座をねらっていたからな」
ここには不釣り合いな若者―会長の息子で、雄三というらしい―がせせら笑う。
「それでは調査を行いますので、もうしばらくここで待機してください。」
星津と玄牟は食堂を出た。

 

     五

 七月九日 午後三時 倉庫

気持ちの悪い死体だった。まぁ、気持ちのいい死体もないだろうが、体じゅう血まみれで、苦しそうな表情が見える。
「星津、死後硬直を調べてくれ」
星津は度胸もあるので、こういったこともできるのだ。
「うーん、およそ五時間ほどたっていますね。ちょうど僕たちが代田さんの話を聞いてい る頃です」
持ち物を調べようと服に触れた瞬間、星津は妙なことに気付いた。
「服のあちこちに白い粉がついています。それに、首元に黒い粉がついています。」
「白い粉と黒い粉か…なんだかわかるか?」
「白い粉のほうはたぶん塩。黒い粉はわからないけど、首元に何かが巻き付いた跡があるから、それについてたと思う」
「そうか。こっちも面白いものを見つけた。ここの窓、ガラスが割れていて、血がついている。たぶん、撃たれた後ここにぶつかったんだと思う」
「わかった。それじゃあそろそろ食堂に戻って報告しよう。」

    

    六

 七月九日 午後四時 食堂

「それでは今から、状況を説明します。」
「死体は、拳銃で銃殺されていました。後ろにあった窓が割れていたことから考えるに、銃弾は沖矢会長を貫通した後、窓にあたってそのまま海に落ちたものと思います」
「死亡時刻は推定で午前十時ごろです。」
「じゃあ、この時間のアリバイを調べればいいわ。アリバイのある人は手を挙げて」
この時間はほとんどの人が部屋にいたようで、手を挙げたのは守手と代田だけだった。
「では守手さん、アリバイを説明してください」
「はい。あの倉庫には鍵がかかっていて、入れる人が料理長である佐藤さんだけですから、ここにいる佐藤さん以外はみんなアリバイが成立しますね。」
早速その佐藤料理長を呼ぶと、佐藤は、とても青い顔―もはや砂糖のようだった。
「佐藤さん。あなたが倉庫のカギを持っているんですね。」
「はい。しかし、鍵がなくても裏口から入れます。」
「それは誰でもですか?」
「はい。実際彼女もそこを利用しているようです。」
「でもそこには防犯カメラがあってはいる人間はチェックしてるわよ」
守手が横槍を入れてくる。自分が犯人ではないことを証明することには自信があるそうだ。
「では、その防犯カメラを見てみましょう。」
係が防犯カメラとパソコンを持ってきて、再生する。
「あ、藤森さんと千田さんが入ってますね。何をしていたんですか?こんな所で。」
守手が冷やかに問う。
「はい、二人でたばこを吸っていました。でもまだ沖矢会長は来ていませんよ?」
「あれ?守手さん。そこを通っているじゃありませんか」
「そうじゃなくて、私しか通っていないってこと。あ、もう玄牟さんが来たでしょ?こんな時間じゃ無理だわ。もっとよく考えてものを言ったらどう?」
と、星津をつつく。
「そうですね。これで守手さんのアリバイは成立です。」
「佐藤さんは、アリバイを証明できますか?」
「できません」
「では、暫定犯人ということになりますね。すいません。身柄を拘束できそうな部屋はありますか?」
「はい…あることにはありますが…その前に料理を作らせてください」
「え?」
後ろのほうから腹が減ったと騒ぎ立てる声が聞こえてきてのだった。

     七

 七月九日 午後六時 部屋

玄牟と星津は、夕食を取った後、
「一応鍵を閉めて寝るように!」
と言って部屋に戻ったのだった。
「星津、この事件、どう思う?」
「あの料理長は犯人ではないと思う。とても気が弱そうだし。」
「俺もだ。かといってほかの人には殺人は行えない。沖矢会長を防犯カメラに映さずに倉庫に入れるには、佐藤料理長しかできないもんな。」
「じゃあ、犯人は守手か藤森か千田か、代田かもしれないな。」
「そうですよ、きっと守手のやつですよ!ずっと僕に嫌味ばっかり言っていました!」
「捜査に私情は厳禁ですよ。」
「たぶん、まだ手がかりが足りないんでしょう。夜のうちに探しにいかないか」
「明日じゃ犯人に証拠を消されるかもしれない。行こう。」
二人は廊下に出て、表口倉庫の前に出た。
「扉に仕掛けはないらしい。イテッ!」
玄牟は何かにつまずいて転んでしまった
「畜生!なんだこのでっぱりは。」
星津が出っ張りを見る。
「ああ、これは重い荷物を運ぶ時に、ドアを開けておいて、これにひもをつけてドアを結び、ドアを固定するんです。」
久しぶりに自分の知識が役に立って得意げである。
「へぇ、よく知ってるな。」
「それよりここ、黒い粉がついています。」
「その粉は首についているのと同じものか?」
「たぶん、そうです。」」
玄牟は、その粉を眺めて、何か考えている。
「そうか…犯人は密室を利用したのか…」
そう言って、部屋に戻っていったのだった。
      八
 
 七月十日 午前八時 食堂

朝食をとっていた。幸い、これ以上被害者は出ず、(これを不幸と思ってしまっては探偵失格である。)無事に日本に戻れそうだ、と星津が思っていると、
「これから事件の真相を説明するので、全員を集めて下さい。」
と、玄牟が言った。聞いてないよ!と思ったが、そこは玄牟のことなので、ぐっとこらえた。全員が集まると、玄牟はゆっくりと話した。
「まず、皆さんにお話ししておきたいのは、沖矢会長は倉庫で殺されているのではないということです。」
「次に、犯人は佐藤さんではないということです。」
「では、今から事件の真相をお話しします。まずは甲板についてきてください。」
     九 
 七月十日 午前九時 甲板
「ここに何かあるのかね?」
代田が問う。
「はい」
玄牟は手すりから下を見下ろすと、
「ちょうどこのあたりに―あった、見てください。ここに血痕があります。」
玄牟は手すりについた血痕を指差した。
「まさかこれだけなんて言わないだろうな。」
「いいえ。ここにある証拠はこれだけです。では、次に倉庫に行きましょう。」
玄牟は倉庫に向かって歩き出した。

    十

 七月十日 午前八時半 倉庫前 
「では説明します。」
玄牟は、ドアの前の出っ張りを指差し、言った
「これはドアを開けたままにしておくための出っ張りで、ひもを通す穴がついています。また、そこには黒い粉がついていて、それは被害者の首元についていた粉と同じものです」
「それがどうかしたの?」
守手が不思議そうに聞いた。
「まぁ、このことを覚えていてください。次は、倉庫の中です。倉庫の中の窓が割れています。」
「たぶん拳銃の弾が当たったんだろうな。」
「それはちがいます。この窓を割ったのは、拳銃の弾ではなく被害者だったんです。」
「話を整理します。被害者は甲板で殺された後、ひものようなもの二本、甲板側と倉庫側から括り付けられ、海に落とされ、甲板側のひもを切り、倉庫側から引き上げ、倉庫にはいったんですよ。だから、被害者の風には塩がついていました。」
「そんなことができる人間がここにいるか?透明人間なら話は別だな」
玄牟は、得意げにほほ笑むと、言った。
「犯人はあなたですよ。藤森さん。」

    十一

 七月十日 午前九時 倉庫

「殺した証拠があるのかね?君の話だと、殺した後にひもを使って海に落としたそうだが、ひもも証拠も見つかっていないじゃないか。」
藤森は少々青くなっているようだ。
「では、あなたが紐を結びつけた時間の話をしましょう。まず、あなたは甲板で会長を殺し、ひもを結びつけた後、その片側を倉庫の窓のほうに垂らしておく。次に、あなたはアリバイが残るよう千田さんと一緒に煙草を吸いに倉庫に行き、そのひもを倉庫側に手繰り寄せ、表口の下から出し、ひもを括り付けるでっぱりに結び付ける。そして、甲板に行き、会長を一度海に落とし、表口のでっぱりに結び付けたひもを手繰り寄せると、会長は窓を割ってここに入ってくるという算段です。」
「それはただの推測だ!証拠は何もない!」
藤森は息を荒げて顔を赤くしている。
「いいえ。ありますよ。被害者の首とこのでっぱりについている粉は同じものですし、あなた以外はこの特別な紐を持っていないんですよ、カセットテープという黒いひもはね。」
「そうか!カセットテープには記録するための磁性体がついていますしね!」
星津はやっとトリックに気付いて、喜んでいる。
「では今から海水付のカセットテープがあるか調べさせていただきます。」
藤森はがっくりと肩をうなだれると、つぶやくように言った。
「俺は最後まで粉に苦しめられるのか…」



     十二

 七月十日 午前十時 倉庫

「俺が会長を殺そうと思ったのは、麻薬の密輸に嫌気がさしたからだ。」
「あいつは、俺に麻薬の密輸をさせ、大金を手にしていたんだ。最初はもうかってうれしかったが。だんだん嫌気がさしてきてな。やめると言ったら、誰のおかげで楽していられると思っているんだ?なんていってきやがった。もう絶望的な気分だったよ。それで殺してやろうと思ったんだ。」
藤森は大きくため息をつき、右手を挙げながらこう言った。
「今からこの爆弾を爆発させて船を沈める。もうみんな死んじゃうんだ…」
右手に握ったスイッチを握り占め、親指でおす。その時、
「ははははは!ごめんなさいね。もう爆弾は爆発しないわよ。」
高笑いしながら守手が入ってくる。その手には分解した爆弾らしきものがある。
そこに、ワーっと声を上げながら藤森が突進してきた。手にはナイフが握られている。
「危ない!」
星津が取り押さえてナイフを奪う。藤森は抑えられて息を荒げている。そこに、
「そろそろ到着です。あれ?何やっているんですか?こんな所で。」
船長が入ってきて呆然としていた。
そして、この事件の幕は下りたのだった。

    十三

 七月某日 午後二時 輪堂探偵事務所 

「いやーすまん、愛君がわしの孫だったことを黙っていて」
中野課長は詫びているが、あまり悪気はないようで、
「また事件のときは呼んでやってくれ。」
なんていっている。正直玄牟も、藤森が爆弾まで用意しているとは思っていなくて、正直あの時は焦ったのである。
「にしても彼女の推理力には驚きですね。」
星津が感心している。
「わしの自慢の娘だからな。また事件に出くわしたい、といっているよ」
課長はうれしそうだ。玄牟は、
「もう事件には出くわしたくありませんよ。な、星津」
といったのだった。



著者:只野日間人αさん






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